『風の歌を聴け』(村上春樹)_書評という名の読書感想文(書評その2)

公開日: : 最終更新日:2019/11/01 『風の歌を聴け』(村上春樹), 作家別(ま行), 書評(か行), 村上春樹

『風の歌を聴け』(書評その2)村上 春樹 講談社 1979年7月25日第一刷


風の歌を聴け (講談社文庫)

書評その1はコチラ

私にとって最も印象深いフレーズがこれです。

高校の終り頃、僕は心に思うことの半分しか口に出すまいと決心した。理由は忘れたがその思いつきを、何年かにわたって僕は実行した。そしてある日、僕は自分が思っていることの半分しか語ることのできない人間になっていることを発見した。

当時、私は大学には入ったものの周囲の学生の白々しく思える程の明るさや快活さに気後れし、馴染めないまま授業にも出なくなっていく自分に鬱々としていました。

自分の心の在り様を知る手立てが見つけられず立往生していたのです。そんなときに見つけたこの文章は、私には天啓のように脳天に響くものでした。

私はこの『風の歌を聴け』という小説が、今まで読んだ小説の中で一番好きです。

何度も、ことある毎に読み返しています。たぶんですが、私はもうこの小説を「読んでいる」 のではなく、半ば 「絵画のよう」 に眺めているのかも知れません。

この小説は、29歳になった 「僕」 が、東京の大学へ進学した20歳の夏に、神戸へ帰省した18日間を回想して綴る物語です。

29歳の 「僕」 とは、おそらく、若き日の村上春樹その人のことでしょう。
「僕」 が退屈な夏休みのほとんどを過ごすのは「ジェイズ・バー」 で、そこにはバーテンダーの中国人、ジェイがいます。

ひとつ年上で、「僕」 よりもっと裕福な家に生まれたという鼠という男は、「僕」 と同じ大学生。

ジェイズ・バーで 「僕」 が出会う女たち - 酔ったまま洗面所で寝ていた、片手の指が4本しかない女。電話をするために 「僕」 に小銭を借りた、グレープフルーツのような乳房をつけ、派手なワンピースを着た30歳ばかりの女。

「僕」 がこれまでに寝た三人の女の子 - 17歳の高校のクラス・メート。新宿で激しいデモが吹き荒れる夜に駅で出会ったヒッピーの女の子。大学の図書館で知り合った仏文科の女子学生。

そして、ラジオのDJが語る、脊髄の病気で入院生活を送る17歳の少女と高校時代にレコードを貸してくれた少女の姉。

彼らは 「僕」 に、どんな思想を植え付けたのでしょう? 「僕」 は、思うほどには語ろうとしません。

※この小説ではあらゆる登場人物がそれぞれに、自分だけの秘めたるドラマを示唆するような科白を呟きます。世を儚むように、シニカルな隠喩を語ります。

その言葉と文章のリズムこそが、この小説の最大の魅力だと思います。村上春樹がなぜ文章を書こうとしたのか、文章で何を伝えようと決意したのかをストレートに表現した、初々しいデビュー作品です。

思い入れが強い作品なので、二部構成です。その1も良かったら読んで下さい。

『風の歌を聴け』(村上春樹)_書評という名の読書感想文(書評その1)

この本を読んでみてください係数 100/100


風の歌を聴け (講談社文庫)

◆村上 春樹

1949年京都府京都市伏見区生まれ。兵庫県西宮市、芦屋市で育つ。

早稲田大学第一文学部演劇科を7年かけて卒業。在学中にジャズ喫茶「ピーター・キャット」を国分寺に開店する。

作品 「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「TVピープル」「ねじまき鳥クロニクル」「1Q84」「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」「女のいない男たち」他多数

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『寡黙な死骸 みだらな弔い』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『寡黙な死骸 みだらな弔い』小川 洋子 中公文庫 2003年3月25日初版 寡黙な死骸 みだら

記事を読む

『クジラの彼』(有川浩)_書評という名の読書感想文

『クジラの彼』有川 浩 角川文庫 2010年6月25日初版 クジラの彼 (角川文庫) &

記事を読む

『買い物とわたし/お伊勢丹より愛をこめて』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『買い物とわたし/お伊勢丹より愛をこめて』山内 マリコ 文春文庫 2016年3月10日第一刷

記事を読む

『デフ・ヴォイス/法廷の手話通訳士』(丸山正樹)_書評という名の読書感想文

『デフ・ヴォイス/法廷の手話通訳士』丸山 正樹 文春文庫 2015年8月10日第一刷 デフ・ヴ

記事を読む

『カゲロボ』(木皿泉)_書評という名の読書感想文

『カゲロボ』木皿 泉 新潮文庫 2022年6月1日発行 気づけば、涙。TVドラマ 「

記事を読む

『木になった亜沙』(今村夏子)_圧倒的な疎外感を知れ。

『木になった亜沙』今村 夏子 文藝春秋 2020年4月5日第1刷 木になった亜沙 誰か

記事を読む

『崩れる脳を抱きしめて』(知念実希人)_書評という名の読書感想文

『崩れる脳を抱きしめて』知念 実希人 実業之日本社文庫 2020年10月15日初版 崩れる脳

記事を読む

『婚礼、葬礼、その他』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『婚礼、葬礼、その他』津村 記久子 文春文庫 2013年2月10日第一刷 婚礼、葬礼、その他

記事を読む

『合意情死 がふいしんぢゆう』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文

『合意情死 がふいしんぢゆう』岩井 志麻子 角川書店 2002年4月30日初版 合意情死(がふ

記事を読む

『幸福な日々があります』(朝倉かすみ)_恋とは結婚とは、一体何なのか?

『幸福な日々があります』朝倉 かすみ 集英社文庫 2015年8月25日第1刷 幸福な日々があ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『死者の奢り・飼育』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『死者の奢り・飼育』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月25日8

『メタボラ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『メタボラ』桐野 夏生 文春文庫 2023年3月10日新装版第1刷

『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行

『最後の記憶 〈新装版〉』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『最後の記憶 〈新装版〉』望月 諒子 徳間文庫 2023年2月15日

『しろがねの葉』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『しろがねの葉』千早 茜 新潮社 2023年1月25日3刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑