『荒地の家族』(佐藤厚志)_書評という名の読書感想文

『荒地の家族』佐藤 厚志 新潮社 2023年1月20日 発行

あの災厄から十年余り、男はその地を彷徨いつづけた。第168回芥川賞受賞作

元の生活に戻りたいと人が言う時の 「元」 とはいつの時点か - 。40歳の植木職人・坂井祐治は、あの災厄の二年後に妻を病気で喪い、仕事道具もさらわれ苦しい日々を過ごす。地元の友人も、くすぶった境遇には変わりない。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。仙台在住の書店員作家が描く、止むことのない渇きと痛み。(新潮社)

物語のはじめ、特に印象的だったのが、造園業のひとり親方として働く祐治の、その仕事ぶりでした。彼は異常なまでの - それはもう狂気とさえいえる - 集中力でもって仕事に臨みます。肉体にあらん限りの負荷をかけ、限界まで酷使します。

そうすることで、彼はほかの何もかもを 「忘れたい」 のだと思います。焼けつくような暑さの中で刈込鋏を振るい、延々と庭石を積み続けることでいっとき忘れることができる 「痛みや苦しみ」 は、何も地震や津波で被った災厄だけではありません。それとは別の事情もあったのでした。

小説の舞台は宮城県、仙台より南に位置する亘理町。福島県から流れ込んだ長大な阿武隈川が内側へと蛇行して海へとたどり着くところだ。ここは東日本大震災での津波の被害があった場所だが、小説のことばとしてそれは 「津波」 と名指されることがない。

「災厄」 「天災」 「海の膨張」 と表現されていて、この小説がニュースで知るような、たとえば津波で家財を失い、家族を失った被災者が再生していくなどの、ありがちな被災の物語を描くつもりがないことがわかる。

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『荒地の家族』 の主人公の坂井祐治は、造園業のひとり親方として独立した直後に災厄に見舞われた。それから二年後には息子の啓太を残して、妻の晴海をインフルエンザで失っている。妻の死から六年後、友人の紹介で知り合った知加子と結婚するも流産したことをきっかけに一方的に離婚されてしまっていた。

それらは確かに次々と襲ってきた 「災厄」 に違いないのだが、東日本大震災の津波の被災とは直接には関係がないことになる。しかし人の人生はつながっているのである。あれとこれとは別の話というわけにはいかない。だから祐治は 「元の生活に戻りたいと人が言う時の 「元」 とはいつの時点か」 と思わずにはいられないのだ。

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海を隠すように海岸線沿いに建設された防潮堤、山をつぶして嵩上げした土地、空き地のままの海辺の土地。復興したはずの亘理は 「宅地から海のほうへ抜けると、そこは荒地ともいうべき広大な景色が北へ南へどこまでも続いていた」 とあって、いまだ 「荒地」 なのである。十年をかけて行われた復興とはいったい何だったのか。私たちが想像もしていなかった時間がここには描かれている。(書評 木村朗子 「あれからの十年を描く」 より/波 2023年2月号 単行本刊行時掲載)

※震災被害に苦しむ被災者や近隣住民の日常の、実際のところはよくはわかりません。見聞きはするものの、それはおそらくある特徴的な断面を (瞬間的に) 捉えたものに過ぎないのでしょう。報道もなされない、何気に過ぎる日々の中にこそ、今も続く困難はあるのだと。この作品は、それを教えてくれています。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆佐藤 厚志
1982年宮城県仙台市生まれ。東北学院大学文学部英文科卒業。仙台市在住、丸善仙台アエル店勤務。

作品 2017年第四十九回新潮新人賞を 「蛇沼」 で受賞。2020年第三回仙台短編文学賞を 「境界の円居」 で受賞。2021年 「象の皮膚」 が第三十四回三島由紀夫賞候補。

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