『さみしくなったら名前を呼んで』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『さみしくなったら名前を呼んで』山内 マリコ 幻冬舎 2014年9月20日第一刷

いつになれば、私は完成するんだろう - 。踊る14歳、孤高のギャル、謎めいた夫婦、地元を置いてきた女・・・・律儀に生きる孤独な人々の美しさをすくう11のショートストーリー。未完成なティーンの心にも、完成なんてしないと知っている大人の心にも、等しくあるイノセンスをそっと呼び起こす。連作短編集『ここは退屈迎えに来て』で話題をさらった著者による、最新短編小説集。(幻冬舎plusより)

いい加減年を取った、しかも男の私が、なぜこんな年端もいかぬ女子の、たわいないと言えばたわいのない話に心惹かれてしまうのか -

同じ年頃の女性ならいざ知らず、私みたいな親爺がファンだとしたらどうなんでしょう。自分で言うのも何ですが、世間のオジさんは普通は読まないし読もうとさえしないんじゃないかと思います。

けど、しょうがない。たまたま手に取って読んでみた『ここは退屈迎えに来て』がことのほか面白かったので、次に『アズミ・ハルコは行方不明』を読むとこれがまた面白い。

何があって私はそんなにも山内マリコが好きなのかをつらつら考えてみると・・・・、おそらくは、彼女の書く小説に出てくる女性らの「嘘の無さ」に激しく同意(または同感)しているからなのだと思います。

彼女たちは今ある状況、自分が今陥っている窮状に真正面から対峙しています。中途で投げ出さず、できないことはできないと承知した上で、今為すべきことは何なのかを懸命に考えます。そうでありたいと願う自分と一心に向き合っているのです。

が、大概は上手く行きません。これはもうどうしようもなく真実なのですが、人生というものは上手く行かないことの方がはるかに多いのです。「いつになれば、私は完成するんだろう」などと思い悩む内に、するする老いさらばえてしまうことだってあるわけです。

しかし、それはまた徒に年を取った者に限って言う言い訳でもあって、彼女たちはそう簡単には諦めません。当然のことながら諦めるには早過ぎますし、彼女たちにはまだ相応の猶予があります。

その葛藤の様子がリアルで、(本人を前にして言うと間違いなく叱られるでしょうが)いかにも好ましいのです。

「ああでもない、こうでもない」ともがき苦しんで、苦しんだ先に彼女たちが行き着くところがどこなのか。未完成な女子が、おぼつかないながらも律儀に生きているからこそ気付くことのできる境地にたどり着くまでのあれやこれやが興味深くてならないのです。

時として、彼女たちはこんなことを言ったりもします。

わたしたちはなにも知らない方がいいし、なにも出来ない方がいいのかもしれない。
古来言われているように、可愛くて少しおバカさんくらいが、楽に生きられるというのは真実なんだろう。
加賀美の娘にちらりと目をやって、そんなことを思う。そして加賀美は、手遅れになる少し手前で軌道修正できた、わたしの姿みたいだ。(「遊びの時間はすぐに終わる」より)

これに続く文章では「主体性が育ちすぎて複雑にならずに済んだ - そのおかげで地元での暮らしにすんなり適応できている - もう一人の自分の姿」とあります。

敢えて最初に「年端もいかぬ女性のたわいのない話」と書きましたが、彼女たちの日常に起こる些末な事のそれぞれが、後々になっていかばかりか代えがたい思い出となり、生きる上での支えになるのかもしれない - そんなことを思わせる本でもあります。

この本を読んでみてください係数  85/100


◆山内 マリコ
1980年富山県富山市生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業。

作品 「アズミ・ハルコは行方不明」「ここは退屈迎えに来て」「パリ行ったことないの」「かわいい結婚」など

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