『蟻の菜園/アントガーデン』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『蟻の菜園/アントガーデン』柚月 裕子 角川文庫 2019年6月25日初版

婚活サイトを利用した連続不審死事件に関与したとして、殺人容疑がかかる円藤冬香。しかし冬香には鉄壁のアリバイがあり、共犯者の影も見当たらなかった。並外れた美貌をもつ冬香の人生と犯行動機に興味を抱いた週刊誌ライターの由美は、大手メディアを向こうに回して事件を追いはじめる。数奇な運命を辿る美女の過去を追って、由美は千葉・房総から福井・東尋坊へ - 。予測不能! 徹夜覚悟! 「佐方貞人」 シリーズで人気沸騰の著者が、満を持して放つ、驚愕と慟哭の傑作サスペンス。(アマゾン内容紹介より)

南米に蟻の菜園と呼ばれる、蟻と植物の共依存によって成り立っている事象がある。蟻は地上ではなく樹木の上に巣を作り、その巣に数種類の着生植物が生える。蟻たちは着生した植物の果実を食料にし、植物は蟻の廃棄物を栄養源にして生きている。どちらが欠けても生きてはいけない。自分が存在するために相手の存在を必要とする事象に、沢越早紀と沢越冬香が重なった。(本文より)

まともな食事は一度たりとも与えられません。着古した服は穴が空き、夏冬関係なく同じもので通します。幾日も風呂に入らない日が続き、長く伸びた髪に細かく剥れた頭皮が目立ってくると、ようやく、さも邪魔くさそうにして銭湯へ連れて行かれます。

幼い姉妹だった二人は、どんな思いでいたのでしょう。一日一日を、どうやり過ごしていたのでしょう。

姉妹には戸籍がありません。学校へは行かず (行けず)、大方の一日を公園で過ごします。公園のトイレやスーパーのトイレで用を足し、トイレがないと、外の空き地で用を足します。姉妹は - 父とは呼べない、呼びたくもない - 父と一緒に、車で暮らしています。

古惚けた白いワゴン車の後部座席を倒して作った寝床には、黴臭い毛布が一枚切りで、他にはゴミとしか思えないような物ばかりが散乱しています。

鼻を突くような臭いが籠る狭い空間 - 二人にとってそれが唯一、生きる場所でした。ただ酒を飲み、暴力を振るうだけの父親を、二人は “あの男” と呼んでいます。”アイツさえいなければ” と、ことあるごとに考えています。

車中練炭死亡事件 結婚詐欺容疑で四十三歳女逮捕 複数の男性殺害に関与か
フリーライターの今林由美はネットで見たトップニュースに釘付けになる。逮捕されたのは千葉県在住の介護福祉士・円藤冬香という女性だった。車中で亡くなった男性に自殺する理由がなく、車のキーも見あたらなかったため警察が捜査に乗り出したところ、男性の口座から五百万円が冬香の口座に振り込まれていたことが判明した。しかも冬香は複数の男性と交際しており、その内の何人かは不審死を遂げていたのだ。

だが冬香の写真を見た由美は目を瞠ってしまう。彼女は誰もが認める美貌の持ち主だったのだ。これほどの魅力を持った女性なら異性に不自由はしないだろう。金が必要ならいくらでも稼げそうだ。そんな女性がなぜ結婚詐欺に手を染めたのか。

由美はこの事件を追うことを決意する。伝手を頼ってたどりついたのが千葉県の地方紙記者の片芝敬だった。男性が死亡した時には冬香には完璧なアリバイがあり、金の使途も不明であった。しかも冬香の住まいは古い木造のアパートで、贅沢な暮らしとは無縁であり、男関係など共犯者の影も見あたらなかった。

由美は片芝から得た情報をもとに、冬香と関わりのある人たちに聞き込みを続けて行く。すると報道とは違う冬香の顔が見えてくる。男を騙し、金だけでなく命まで奪った人間とは思えなくなってきたのだ。ようやく得たわずかな手がかりから、由美は冬香の過去を追って北陸に足を延ばす。(解説より抜粋)

※幼いわが子を一人で部屋に残し、コンビニの海苔巻き一つを置いて出て行った若い母親の事件がありました。勝手に部屋から出られないように細工し、数日間、母親は男と遊び回っていたそうです。残された女の子は死にました。なぜそうは思わなかったのか。そんなことをすれば、死ぬに決まっているのです。

わが娘を凌辱する父とは、どんな思いでいるのでしょう。あらん限りの力で抵抗し、泣き叫ぶ姿に、それでも己の賤しい衝動を抑えられないとしたら、父より前に、それはもう人ではありません。人に似た獣に相違ありません。

早紀と冬香の二人にも、それに似た過去があります。二人は如何にして地獄のような状況から抜け出すことができたのでしょう。その頃12歳と7歳だった二人は、その先どんな人生を歩んだのでしょう。あなたはきっと思うはずです。これ以上に、哀しいことがあるのだろうかと。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆柚月 裕子
1968年岩手県生まれ。

作品 「臨床真理」「最後の証人」「検事の本懐」「検事の死命」「パレードの誤算」「朽ちないサクラ」「ウツボカズラの甘い息」「孤狼の血」他多数

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