『無理』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/26 『無理』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(ま行)

『無理』奥田 英朗 文芸春秋 2009年9月30日第一刷

〈ゆめの市〉は、「湯田」「目方」「野方」という3つの町を合併して誕生した人口12万人の地方都市で、ただ広いだけでこれと言った特徴のない町です。国道の両側にはどこへ行っても見かける量販店が並び、大きな原色の看板がかつての景観を破壊しています。

すべての駅前商店街はさびれ、シャッター通りと化しています。唯一盛り場と言えるのは、国道沿いにある複合商業施設の〈ドリームタウン〉。「夢あるゆめの市」を掲げてはいるものの、依然として町は疲弊し、人々の暮らし向きはかえって厳しくなるばかりでした。

この小説は、〈ゆめの市〉で暮らす5人の物語です。年齢、性別から社会的な立場までまったく異なる5人の男女が、それぞれの事情で別々の事件に巻き込まれて行きます。5人に共通するのは、皆が鬱屈を抱えていること、現状を打破したいと切実に願っていることです。

相原友則(あいはら・とものり)】
元々は県庁職員ですが、現在は出向中でゆめの市役所の社会福祉事務所でケースワーカーとして働いています。日々悪質な受給者の身勝手な要求に振り回され、隙あらば生活保護を不正に受給しようとする輩の対処に嫌気がさしています。相原は、県庁への復帰が約束されている4月を心待ちにしています。

久保史恵(くぼ・ふみえ)】
県立高校の2年生。退屈なゆめのを出て、東京の大学へ進学するのが彼女の目下の夢です。
そんな史恵が、ある日予備校の帰りに突然拉致されてしまいます。誘拐したのはノブヒコと名乗る、22、3歳の男。ノブヒコは自分が住む、自宅の離れに史恵を監禁します。

加藤裕也(かとう・ゆうや)】
元暴走族で、現在は向田電気保安センターの社員。漏電遮断器の点検と取付が仕事ですが、これが全くのイカサマ商法。祐也には別れた妻と息子がいます。元妻の佐藤彩香は、息子の翔太と2人暮らし。彩香は、生活保護費として月額23万円を受け取っています。

堀部妙子(ほりべ・たえこ)】
夫とは離婚、子供は独立して独り暮らしの48歳。〈ドリームタウン〉の地下一階にあるスーパーで、万引き犯を捕まえる私服保安員として働いています。妙子は「沙修会」の熱心な信者です。「沙修会」は新興の宗教団体で、妙子と似た境遇の女性が数多く入信しています。

山本順一(やまもと・じゅんいち)】
ゆめの市の市議会議員で、現在2期目の45歳。山本土地開発の社長でもあり、県会議員になる野望を持っています。彼の頭痛の種は、産廃施設建設反対を訴える「ゆめの市民連絡会」です。議員OBの藤原の横槍も面白くありません。先代からの付き合いの産廃業者・薮田兄弟からの要望も無視できません。施設建設の裏には、大きな利権が渦巻いています。
・・・・・・・・・・
相原は、仕事の途中で偶然主婦売春の現場を目撃したことで、思わぬ深みにはまることになります。一方で、過大に支払われている生活保護費の減額に躍起になる相原ですが、その相手は加藤裕也の以前の妻、佐藤彩香でした。彩香は不正受給の確信犯でした。

ノブヒコは引き籠りで、ゲームに没頭しています。彼は史恵を〈メイリン〉と呼び、押入れの中で彼女を〈飼育〉しています。史恵を誘拐したノブヒコと祐也は、中学の同級生でした。祐也を前にするとノブヒコはどこか怯えたようで、親に暴力をふるうような粗暴さが影を潜めます。いじめる側といじめられる側の関係は、大人になっても変わりません。

本来なら祐也が養育費を負担すべきですが、彼には一切その気はなく、彩香は彩香で役所には元夫は無職だと偽って給付金を得ています。彩香の友人・千春-彼女もまたシングルマザーで生活保護を受給しています-は、祐也に嘘の上申書を書けと迫ります。働いていないと書くか、さもなければ息子の翔太を引き取れと言うのでした。

妙子の気かがりは、母親の介護です。兄は母親を病院へ入れると言い、ついては妙子と妹の治子にも費用の一部を負担してくれと言います。負担金もさることながら、母親に対して兄が決して手厚い世話など考えていないことが妙子の何よりの心配事です。

山本を窮地に陥れたのは、薮田兄弟の弟・幸次でした。あれだけ手荒なことはするなと言ったにもかかわらず、幸次は「ゆめの市民連絡会」のリーダー・坂上郁子を攫って監禁してしまいます。その挙句に泣きついて何とかしてくれと言われても、もはや山本に手立てなどありません。山本は自首を促しますが、薮田兄弟は最後まで拒み続けます。
・・・・・・・・・・
私の本棚にある奥田英朗の本の中で、一番の長編です。そして、おそらく最も重くやるせない読後感にしばし呆然とする小説です。奥田英朗は、旅先でみた地方都市の疲弊感を書こうと思ったと言っています。私が暮らす町も〈ゆめの市〉と同様、典型的な地方都市です。「夢あるゆめの市」の〈夢〉が萎んだような、旧態依然としたつまらない町です。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家。

作品 「ウランバーナの森」「最悪」「邪魔」「東京物語」「空中ブランコ」「町長選挙」「沈黙の町で」「ララピポ」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」他多数

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