『きみはだれかのどうでもいい人』(伊藤朱里)_書評という名の読書感想文

『きみはだれかのどうでもいい人』伊藤 朱里 小学館文庫 2021年9月12日初版

そこにあるのは、絶望か、希望か。人とわかりあうのは、こんなにも難しい。

地方の県税事務所に勤める、年齢も立場も異なる4人の女性たち。同期の休職で急遽異動させられかつての出世コースに戻ろうと細心の注意を払う若手職員の中沢環 (第1章・「キキララは二十歳まで」)、週に一度の娘との電話を心の支えに業務を適当に乗り切るベテランパートの田邊陽子 (第3章・「きみはだれかのどうでもいい人」) など、それぞれの見ている景色は同じようで、まったく違っていて・・・・・・・。職場で傷つき、傷つけたことのあるすべての人に贈る、共感度MAXの新感覚同僚小説! (小学館文庫)

目次
第一章 キキララは二十歳まで
第二章 バナナココアにうってつけの日
第三章 きみはだれかのどうでもいい人
第四章 Forget,but never forgive.
解説 島本理生

登場する4人の女性たちは、立場こそ違え、それぞれが県税にかかる “延滞案件” と深く関わっています。繰り返しする督促にもかかわらず、支払いを渋る納税者たちに、日々苦しめられています。裏切られたり、恨まれたりもしています。

中に事情により配置転換になった職員がいるにはいますが、いずれにせよ、ストレス抜きでは語れない - そんな職場で働く彼女たちの 、混じり合い交差するリアルな 「関係」 を描いた物語。

立場も年齢も能力も異なる女性が4人、さして広くもない職場で日々顔を突き合わせ、滞納する納税者たちの現状を踏まえ、且つ顔色を窺いながら、如何にして納税を促すべきか - 仕事とはいえ、そんなことばかりの毎日であったとしたらどうでしょう?

人それぞれに、それでなくてもあるはずの、口に出せないストレスがないわけがありません。

あなたが今いる職場のことを、思い出してください。似たようなことが、きっとあるはずです。過去に似た出来事があり、誰かが配置転換になり、誰かが職場を去るようなことが、一度ならずあったのではないですか?

その時、あなたはそこで (職場内で) どんな立場にいたのでしょう? 

上司だったのですか。部下だったのですか。
正社員 (正職員) でしたか。それとも、パートタイマーだったのですか。

やむなく配置転換となった当事者だったのではないですか。あるいは逆に、配置転換となった当事者の後釜に穴埋めとしてやってきた (当事者よりも優秀な) 同期入社の社員だったりして。

いずれにせよ、そんな輪の中にアルバイトの須藤深雪だけがいません。

読み終えたとき、この小説の誠実さとは、なにか、と考えた。
それは、人はかならず誰もが傷ついていることでもなければ、人はかならず誰かを傷つけている、でもない。
自分はかならず誰かを傷つけている、という自覚ではないだろうか。(島本理生)

残酷さと慈愛の両面を捉えた
この著者の視線は鋭く強く確かである -
ゾクッとするこの読み応えを
多くの読者と分かち合いたい!
(内田剛/書店員)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆伊藤 朱里
1986年静岡県浜松市生まれ。
お茶の水女子大学文教育学部卒業。

作品 2015年、「変わらざる喜び」 で第31回太宰治賞を受賞。同作を改題した 『名前も呼べない』 でデビュー。他の作品に 「稽古とプラリネ」「緑の花と赤い芝生」 がある。

関連記事

『事件』(大岡昇平)_書評という名の読書感想文

『事件』大岡 昇平 創元推理文庫 2017年11月24日初版 1961年夏、神奈川県の山林で刺殺体

記事を読む

『夏の陰』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文

『夏の陰』岩井 圭也 角川文庫 2022年4月25日初版 出会ってはならなかった二

記事を読む

『星に願いを、そして手を。』(青羽悠)_書評という名の読書感想文

『星に願いを、そして手を。』青羽 悠 集英社文庫 2019年2月25日第一刷 大人

記事を読む

『あたしたち、海へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『あたしたち、海へ』井上 荒野 新潮文庫 2022年6月1日発行 親友同士が引き裂

記事を読む

『眠れない夜は体を脱いで』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『眠れない夜は体を脱いで』彩瀬 まる 中公文庫 2020年10月25日初版 自分の

記事を読む

『家族の言い訳』(森浩美)_書評という名の読書感想文

『家族の言い訳』森 浩美 双葉文庫 2018年12月17日36刷 帯に大きく - 上

記事を読む

『木洩れ日に泳ぐ魚』(恩田陸)_書評という名の読書感想文

『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田 陸 文春文庫 2010年11月10日第一刷 舞台は、アパートの一室。別々

記事を読む

『孤独の歌声』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『孤独の歌声』天童 荒太 新潮文庫 1997年3月1日発行 天童荒太が気になります。つい先日

記事を読む

『白磁の薔薇』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『白磁の薔薇』あさの あつこ 角川文庫 2021年2月25日初版 富裕層の入居者に

記事を読む

『太陽は気を失う』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『太陽は気を失う』乙川 優三郎 文芸春秋 2015年7月5日第一刷 人は(多かれ少なかれ)こんな

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑