『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/06 『遠巷説百物語』(京極夏彦), 京極夏彦, 作家別(か行), 書評(た行)

『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行

物語がほどけ反転する衝撃 第56回吉川英治文学賞受賞作

遠野は化け物が集まんだ
江戸末期。難題が山積し、謀略が渦巻く盛岡藩。御譚調掛 (おんはなししらべかかり)・宇夫方祥五郎は筆頭家老より、市井の動向を探るべく、巷の噂話を聞き、真偽を見定め報せよと密命を受けていた。交易の要所・遠野保には、人が集い、「咄」(はなし)」 が生まれ「噺」(はなし)」 が集まる。そして - 化け物も。菓子屋から去った座敷童衆。眼鼻のない花嫁。娘を焼き殺す化鳥。奇怪な騒動の結末とは? 第56回吉川英治文学賞受賞作にしてシリーズ集大成! 解説・澤田瞳子 (角川文庫)

[目次]
歯黒べったり
磯 撫
波 山
鬼 熊
恙 虫
出 世 螺

ちょっと驚きました。というか、想像していたものとはおよそ別物で、そしてそれは私にとって大変好ましく、思いがけず得をしたような、凡庸に過ぎる先入観をまるごと覆されて、どこか清々したような、そんな気持ちになりました。

ここには “化け物” に名を借りた、また別の話が書いてあります。六つある話それぞれに、裏に隠れた真実や策謀を暴いてみせる手際の良さに、これは現に生きた人の話なんだと。昔あった世の不条理に報いるために、”化け物” が一役も二役も買った話なんだと。

『遠巷説百物語』 は、『巷説百物語』 シリーズ六作目。天保十年 (一八三九) の上方を描いた前作 『西巷説百物語』 からぐんと場所を移し、弘化二年 (一八四五) から翌年にかけての盛岡藩・遠野保が舞台である。

主人公たる宇夫方祥五郎は、かつて 『遠野古事記』 なる記録をまとめた武士・宇夫方広隆の血族。そんな出自もあって、巷にあふれるハナシを聞きつけ、悉く知らせる 「御譚調掛」 なる役目を仰せつけられた青年である。

ただ、この 「御譚調掛」 とは制度上存在せぬ御役とあって、祥五郎の身分は藩士ではなく浪々の身。その癖、盛岡藩筆頭家老と親しく言葉を交わすことすらできるという、海のものとも山のものともつかない - あえて言えば、遠野の山に生きる他界の者たちにも近しい立場に祥五郎はある。

それゆえに彼は仲蔵やお花といった 「半分ぐれえは化け物」 である裏の世界の住人と関わり合い、異界と此界の間に漂うハナシに触れ、様々な事件に関わり合う。

ただ実のところ祥五郎が遭遇する事件の大半は、姉妹間のトラブルや奇行に走る息子に対する父親の苦悩など、平凡な人間の姿に端を発している。それがどうにも収まりきれぬ絶望へと変わったとき、妖怪は現れ、その巨大な口で理不尽や恨みを何もかもがぶりと飲み込み、日常は語り継がれる 「譚」 へと変化するのだ。

誰が信じるよと仲蔵は言った。
信じないだろう。
信じる訳がない。

お信は病気、お定は神隠し。鉄漿女は狐か何かの仕業。それでいいのじゃねえか。こういうことはよ
                             (「歯黒べったり」)

ならば、妖怪たちの物語とは決して異界の様相を知らせるものではない。人々が生き続けるための安全装置であり、人生の喜怒哀楽の凝りにして、日々の日常と紙一重なのだ。(解説より)

※宇夫方祥五郎に連なるのは、仲蔵をはじめとする、”半ば化け物” のような、人里離れて山で暮らす孤高の人々でした。その、それぞれの、キャラクターが素晴らしい。「譚」 (はなし) が譚として残るのは、何も妖怪のせいばかりではありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆京極 夏彦
1963年北海道小樽市生まれ。
北海道倶知安高等学校卒業。専修学校桑沢デザイン研究所中退。

作品 「鉄鼠の檻」「魍魎の匣」「嗤う伊右衛門」「百鬼夜行-陰」「覘き小平次」「後巷説百物語」「邪魅の雫」「西巷説百物語」「死ねばいいのに」「オジいサン」「虚談」他多数

関連記事

『電球交換士の憂鬱』(吉田篤弘)_書評という名の読書感想文

『電球交換士の憂鬱』吉田 篤弘 徳間文庫 2018年8月15日初刷 十文字扉、職業 「電球交換士」

記事を読む

『懲役病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『懲役病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2023年6月11日初版第1刷発行 累計23万

記事を読む

『笹の舟で海をわたる』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『笹の舟で海をわたる』角田 光代 毎日新聞社 2014年9月15日第一刷 終戦から10年、主人公・

記事を読む

『ビニール傘』(岸政彦)_書評という名の読書感想文

『ビニール傘』岸 政彦 新潮社 2017年1月30日発行 共鳴する街の声 - 。絶望と向き合い、そ

記事を読む

『煙霞』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『煙霞』黒川 博行 文芸春秋 2009年1月30日第一刷 WOWOWでドラマになっているらし

記事を読む

『太陽は気を失う』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文

『太陽は気を失う』乙川 優三郎 文芸春秋 2015年7月5日第一刷 人は(多かれ少なかれ)こんな

記事を読む

『後妻業』黒川博行_書評という名の読書感想文(その1)

『後妻業』(その1) 黒川 博行 文芸春秋 2014年8月30日第一刷 とうとう、本当にとう

記事を読む

『鈴木ごっこ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『鈴木ごっこ』木下 半太 幻冬舎文庫 2015年6月10日初版 世田谷区のある空き家にわけあり

記事を読む

『無限の玄/風下の朱』(古谷田奈月)_書評という名の読書感想文

『無限の玄/風下の朱』古谷田 奈月 ちくま文庫 2022年9月10日第1刷 第31

記事を読む

『三度目の恋』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『三度目の恋』川上 弘美 中公文庫 2023年9月25日 初版発行 そんなにも、彼が好きなの

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑