『幻年時代』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文

『幻年時代』坂口 恭平 幻冬舎文庫 2016年12月10日初版


幻年時代 (幻冬舎文庫)

4才の春。電電公社の巨大団地を出て初めて幼稚園に向かった。なんの変哲もないこの400mの道行きは、自由を獲得するための冒険のはじまりだった。団地以外の生活があること、家族の幸福だけがすべてではないこと、現実は無数の世界のうちの一つでしかないことを母親に手を引かれながら知る。そのことが0円で生きることにこだわり、自分一人で国家をつくるという行動、つまり、僕の現実を生き抜くための方法へと繋がったのだ。誰もが感じる幼少期の戸惑いと違和感。忘れていた自分の中に生きる力は眠っている! 幼き記憶に潜れ - 。キミの強さ、輝き、自由はすでにそこにある! 破天荒にして奔放、狂おしいほどに繊細。路上生活者に教えを乞い、ひとりで国家をつくった男の原点とは - 。(「BOOK」データベースより)

ネットを見ると、久しぶりに小説を読んだ気がする、大変面白い - といった感想があります。他にも、映像が目に浮かぶであるとか、そういえば確かに私も幼い頃にそんな記憶がありますといったメッセージが寄せられています。

要は、肯定的に読みました、ちゃんと伝わってますよ、ということが言いたいのでしょう。まま、その気持ちはわからぬではありせん。

しかしです。

久しぶりに小説を読んだ気がする・・・・って、よくもまあ(いけしゃあしゃあと)そんな(ベタな)ことが言えたもんだと。

冗談じゃない。こんな小説読んだことがない、というのなら分かります。

それと、これも言わせてもらいます。あなたは著者が見たのと同じような景色を、本当に見たことがあるのでしょうか? 幼い日に著者の感じた通りに、かつてあなたも感じたことがある。そう言いたいのでしょうか。

ちょっと待ってください。それはあまりに安直過ぎる言い分ではないかと。私からすれば中々に理解しづらい、ずいぶんと変わった小説に思えるのですが、いかがなものでしょう?もしもあなたが思う通りなら、この本が世に出たそもそもの意味がないのではないかと。

ここに書いてある坂口恭平という人の記憶のあり方は、どう読んでも異質としか思えないような代物です。とてもじゃないが、並みの人間の脳ではこうはいきません。

もちろん(幼い頃の)似たような体験ですから勘違いもするわけですが、彼は明らかに常人とは違う地平にいます。目に映る景色を独自の視点で切り分け、それぞれをまた独自の解釈で理解します。併せて、そこで生きる人の様子にまで気を留めます。

それは天賦の才があればこその「記憶のあり方」で、同じ場所にいて同じものを眺め、同じような体験をする中でも、後になって彼が思い出すのは、そこにいた遊び仲間とはまるで違う景色であり、空気なわけです。坂口恭平は、それほどに異能の人物なのです。

4才のとき、あなたはどうだったのでしょう? おそらくは、確かな記憶さえ薄らいでいるのではないでしょうか。ですから、実は坂口恭平のことがよくは分からないのではないかと。本心を言えば、かなり苦労してこの本を読んだのではと思うのです。

こんなことなら気楽なエンタメでも読めばよかったと後悔しながら、それでも我慢して読んだのではないかと・・・・

 

この本を読んでみてください係数 75/100


幻年時代 (幻冬舎文庫)

 

◆坂口 恭平
1978年熊本県熊本市生まれ。作家の他に、建築家、音楽家、芸術家。
早稲田大学理工学部建築学科卒業。

作品 「独立国家のつくりかた」「家族の哲学」「徘徊タクシー」「ズームイン、服! 」など

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