『想像ラジオ』(いとうせいこう)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『想像ラジオ』(いとうせいこう), いとうせいこう, 作家別(あ行), 書評(さ行)
『想像ラジオ』いとう せいこう 河出文庫 2015年3月11日初版
この物語は、2011年3月11日金曜日、午後2時46分に発生した東日本大震災を題材にしています。人の「生き死に」に関わる大きな命題を孕んだ小説で、同じ時代に暮らし、同じ時間を共有する者として、一度は読んでおくべき小説だと思います。
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東北の山中、高い杉の木の上に仰向けに引っかかっている一人の男がいます。その男は「DJアーク」と名乗り、深夜の2時46分にラジオ放送を始めます。そして、これは想像力の中だけでオンエアされる放送 -「想像ラジオ」だと言います。
電波やマイク、スタジオや電波塔まですべて、つまるところDJアークの声そのものまでが、想像力が生み出したものだと言います。DJアークの本名は芥川冬助、38歳になる男性です。しかしこの時読者のほとんどは、彼が既にこの世の人ではないことに瞬間的に気付いています。
そういう気付きを知ってか知らずか、話はどんどん進行します。次々とリスナーからの反応があり、それは暗い海底からであったり、水に呑まれたホテルからであったりと、つまりは、震災で犠牲になった人々から届くメッセージなのでした。
話しているのは生きている人なのか、あるいは既に亡くなった人が「もし生きていたら、こう言うんじゃないか」と想像をめぐらせた上で言う言葉なのか、よく考えながら読む必要があります。
第一章・・ここでは、まずDJアークの現在の状況と彼の身の上が語られます。杉の上に仰向けになっている姿をいかにも不自然に感じながらも、DJアークはディスクジョッキーらしい軽やかなテンポで番組を進めて行きます。
第二章・・場面は、福島から東京へ向かう深夜の真っ暗な車内。中には5人の男性、彼らはボランティア活動を終えて東京へ戻るところです。震災で亡くなった人と生き残った人に対してどう向き合うべきか、ナオ君と木村宙太の間で意見が分かれます。死者の声を想像することに反発を覚えるような意見もあれば、死者よりも生きている者の救済を優先すべきだという現実的な判断もあるなかで、両者をつなぐ通路の模索が続きます。(二人の議論は必読です!! )
第三章・・松林で有名な小さな岬の突端にある海の宿「トーガエン」にいるキミヅカさんからの電話中継。冷たい水の底へ落ちて行く匿名希望さんからのレポート。その後突然にDJアークは『想像ラジオが聴こえないのはこんな人だ』のコーナーの創設を発表します。
DJアークが「想像ラジオ」を始めた本当の理由は、彼の妻・美里の行方を探すことでした。美里の安否を気遣い、連絡を待つDJアークに82歳の大場ミヨさんから手紙が届きます。ミヨは、連絡がないのは美里がこちら側にいない証拠、つまり美里は生きているから「想像ラジオ」を聴くことができないのだと言います。
第四章・・作家のSと既に亡くなっているSの恋人との会話。恋人の女性が話すことはすべてSの想像したもので、彼女の霊や魂が発する言葉ではありません。「触りたいなあ」「触って欲しいな」「会いたいね」、などと言います。
第五章・・DJアークは自分がもうこの世にいないことを理解しています。ただ、まだあの世にもいないし、右足の先の「かゆさ」だけが自分であることを証明しているようにも感じています。消えゆく間際で、息子・草助と美里の声が聴きたいと願っています。
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第五章の中、それまで石像のように無表情なまま横でじっとDJアークを見下ろしていた白黒の鳥「ハクセキレイ」が登場する場面があります。
足のかゆみと同様、ハクセキレイの存在はDJアークがDJアークとして存在する確かな証のように彼には感じられます。彼は、鳥のさえずりを耳にした瞬間、悲しみで胸が張り裂けるような思いに包まれます。そして、ハクセキレイもきっと同じ気持ちだと感じます。
作家Sの亡くなった彼女がハクセキレイという鳥になり、DJアークと関わり、SもまたDJアークを感じることになる - 死者との回路を求める人、生きている人に思いを伝えたいと願う死者とがつながり交錯する、この小説一番のシーンです。
阪神淡路大震災の時は、私も大きな揺れを体感しています。地震が発生した直後は、これで家が崩れ落ちるかも知れない、真剣にそう思ったものです。幸いに大きな被害はなかったものの、映像で見る大阪や神戸の街の様子は、それはそれは想像を絶する景色でした。
ところが、東北地方を襲った地震と津波の映像はそれにも増して信じ難い光景で、猛り狂った津波は海際の防波堤を容易く乗り越え、濁流となり、地上のあらゆる物を呑み込んで、大蛇のごとくうねりながら山裾にまで迫ろうかとする勢いで・・・・・
亡くなった多くの方、生活の場を一瞬にして失くした被災者の方々に対して、当事者ではない者は一体何ができるのか。何をすれば救済になり、慰安となり得るのか。教訓として後世に残すべきこと、忘れてはならない記憶とは何なのか。難題に対峙するとき、この小説は、他に例のない切実さと誠実さとで、その問いに応えようとしているのがわかります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆いとう せいこう
1961年東京都生まれ。
早稲田大学法学部卒業。出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビでも活躍。
作品 「ノーライフキング」「ボタニカル・ライフ」「ワールズ・エンド・ガーデン」「解体屋外伝」「存在しない小説」など
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