『ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海), 作家別(か行), 北川恵海, 書評(は行)

『ヒーローズ(株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2016年4月23日初版

「なーんの面白味もない人生やったなあ」- 病床にある祖父の言葉が頭から離れないコンビニ店員の修司・26歳は、ある日、借りのある同僚から「ヒーローはキミだ! 」という胡散臭い求人広告のアルバイトを持ちかけられた。その会社にいたのは、ちょっと癖のある人たち。いきなり任された仕事は、今をときめく人気漫画家の〈お守り〉? わけがわからないながらも真面目に仕事をこなす修司は、次第に信頼を得るように。しかし、そんな修司の前に過去のトラウマが立ち塞がる - 。(メディアワークス文庫解説より)

北川恵海の初めての小説『ちょっと今から仕事やめてくる』を読んだのは、今からちょうど1年前のことになります。

で、これがとても面白かったので、次はいつ出るのだろうと心待ちにしていたのですが、ようやくにして読むことができました。泣くかな、泣くかなと思いつつ一気に読んで、泣いたのと同じくらいに感動した前作と同様に、読めば必ず優しい気持ちになります。

辛いばかりの毎日に鬱々とし、思い通りにならない人生に、ややもすると捨て鉢になってしまいそうなあなたにこそ、ぜひ読んでほしい一冊です。
・・・・・・・・・・
そこは(同じコンビニで働く同僚の)拓から紹介された勤務先 - 修司は頼まれて、(拓の代わりに)その如何にもいかがわしい名前の会社で一週間だけ働くことになります。時に修司は、26歳。訳あって勤めていた会社を辞め、今はアルバイトで食い繋いでいます。

会社の名前は「ヒーローズ(株)」- 公式ホームページの職種欄にはただ一言「ヒーロー製作」とあります。顧客向けには「ヒーローになりたい方お手伝いします」とだけあり、最初見たとき、修司は思わず「ふざけてんのか・・・・」と思います。

ところが、修司はしばらくの間何をしているのか分からないまま「まるで仕事とは思えない」仕事をすることになるのですが、一週間が過ぎると、嫌々始めたはずだったのに、変な会社での変な仕事であったにもかかわらず、胸の奥に微かな寂しさがこみ上げてきます。

修司が最初やらされたのは、今をときめく人気漫画家・東條隼先生のお世話をすること - 元々の担当者である道野辺さんが受け持った依頼というのが『漫画家・東條隼』というヒーローの製作だと聞かされます。

道野辺さんが言うには「漫画の内容に関するアドバイスはプロの編集者がする仕事で、そこは私の出る幕ではございません。私の業務はそれ以外のサポートで彼を『ヒーローにする』ということです」と。

「例えば、・・・・? 」と修司が訊くと、道野辺さんは「例えば、彼の髪を切ったり・・・・」「髪? 」「はい。うちにはとても腕の良い美容師がいるのですよ」と答えます。ヒーローズには様々な専門知識や技術を持ち合せた人間が在籍しております、と。

今回の(東條先生の)ようにストレスの発散を見守ったりするのも大切な仕事で、そのうち修司くんも少しずつわかってくることと存じます、などと言います。

「そんなもんですかね・・・・」
修司はいまいち腑に落ちません。そんな修司に対して、道野辺さんはニッコリ微笑んで -「そのようなものです、仕事とは」と答えます。

「もちろん、東條先生もたくさんのヒーローを生み出していますよ。先生が漫画でヒーローを生み出す。表に立って戦うのは東條先生というヒーローなのです。それを生み出すのが私たちの仕事です」- 道野辺さんの言うことは、わかったような、わからないような。なんとも微妙な感覚です。
・・・・・・・・・・
実は修司はそうなる以前から東條隼の漫画の大ファンで、それを知った先生からもずいぶんと優しくされます。アルバイトの終わり際には、修司の似顔絵を描いた名刺をプレゼントされたりもします。

それが功を奏してかどうかは分かりませんが、この後、入社試験合格率わずか3%の難関をみごとにクリアして、修司は晴れてヒーローズの社員となります。

社歴が20年にもなる〈道野辺さん〉という紳士。(実はそれまでにも出てくるのですが)この先修司の仕事仲間となる如何にもチャラい〈ミヤビ〉という若者。この2人が実にいい。どういいかはぜひ実際に読んで確かめてみてほしいのですが、ヒーローズにあって、2人はまさに〈社員の鏡〉のような人物です。

登場する人物はおしなべて善人、他人(ひと)の心に巣食う痛みや弱さを十分すぎるくらいにわかっている人たちです。修司もまたそんな中の一人なのですが、まだそのことに気付いていません。

ヒーローズでの仕事ぶりは言うに及ばず、それとは別に、遠く離れた故郷で病床に臥す祖父との思い出話にも、(読み終わったあなたは)きっと大事な何かを思い返すことになります。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆北川 恵海
大阪府吹田市生まれ。

作品「ちょっと今から仕事やめてくる」で第21回電撃小説大賞〈メディアワークス文庫賞〉を受賞してデビューする。本作が第二作。

関連記事

『八月の銀の雪』(伊与原新)_書評という名の読書感想文

『八月の銀の雪』伊与原 新 新潮文庫 2023年6月1日発行 「お祈りメール」 ば

記事を読む

『俳優・亀岡拓次』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

『俳優・亀岡拓次』戌井 昭人 文春文庫 2015年11月10日第一刷 亀岡拓次、37歳、独身。

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 「本日開店」は貧乏寺の住職の妻

記事を読む

『学校の青空』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『学校の青空』角田 光代 河出文庫 2018年2月20日新装新版初版 いじめ、うわさ、夏休みのお泊

記事を読む

『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷 生まれなかった子が、新たな命

記事を読む

『腐葉土』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『腐葉土』望月 諒子 集英社文庫 2022年7月12日第6刷 『蟻の棲み家』(新潮

記事を読む

『億男』(川村元気)_書評という名の読書感想文

『億男』川村 元気 文春文庫 2018年3月10日第一刷 宝くじで3億円を当てた図書館司書の一男。

記事を読む

『キッドナッパーズ』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『キッドナッパーズ』門井 慶喜 文春文庫 2019年1月10日第一刷 表題作 「キッ

記事を読む

『パッキパキ北京』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『パッキパキ北京』綿矢 りさ 集英社 2023年12月10日 第1刷 味わい尽くしてやる、こ

記事を読む

『ブルーもしくはブルー』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『ブルーもしくはブルー』山本 文緒 角川文庫 2021年5月25日改版初版発行 【

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑