『ミセス・ノイズィ』(天野千尋)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『ミセス・ノイズィ』(天野千尋), 作家別(あ行), 天野千尋, 書評(ま行)

『ミセス・ノイズィ』天野 千尋 実業之日本社文庫 2020年12月15日初版

大スランプ中の小説家・真紀は引っ越し早々、隣家の女・若田がベランダで発する騒音に襲われた。真紀の苦情を物ともせず “音” はエスカレート。執筆は進まず、夫や五歳の娘との関係も悪化。心の平穏を失った真紀は隣人とのいざこざを小説に書いて反撃に出る。作品は評判を呼ぶが、やがてSNSで炎上、ふたりの女の運命を狂わせる大事件へと発展して・・・・・・・。(実業之日本社文庫)

一度は売れた小説家、吉岡真紀の驕りと転落

そう、確かに真紀は売れたのでした。会社勤務の傍らで書いた処女作が、いきなりH新人文学賞を受賞したのは二十六歳の時でした。さらに同年のO文学賞候補にもなり、彼女の人生は大きく舵を切った・・・・・かにみえました。

ところが、事はそう上手くはいきません。二作目はまさに処女作の出がらしで、三作目に至っては見るに堪えない結果 - 気付くと処女作を超えられない自分との、暗く長い戦いが始まっていました。子供を産もうと決めたのは、そんな状況を劇的に変えたい (変えてくれる) と考えたからでした。

引っ越したのは、娘の菜子が五歳になり、前にいた渋谷区のマンションがいよいよ手狭になってきたからでした。田園都市線沿いのとある駅周辺に建つその物件に決めたのは、真紀の強い希望によるものでした。物件は、真紀の創作意欲を大いに掻き立てたのでした。

ところが、ところが -

気に入って引っ越した先のマンションの、たまたま隣の部屋の住人との “相性” が悪かった。隣の部屋の主婦、美和子との “初見” が不味かった。

二人の戦いは、一枚の布団から始まったのでした。

今にして思えば、声を荒げるほどのことではなかったのかもしれません。美和子がベランダで叩く布団の “音” がああまで気に障ったのは、堪えられない騒音に感じたのは、もしかすると、(小説が上手く書けない) 時の真紀の焦りや苛立ちが少なからず影響していたのかもしれません。

しかし現実は、売り言葉に買い言葉。大人げない、聞くに堪えないバトルが続きます。互いが互いをよく知らないままに、ただの思い込みひとつで、戦いはどんどんエスカレートしていきます。

二人の戦いに更に油を注いだのが、真紀のいとこの直哉がしたことでした。面白半分に、直哉は二人が激しく言い争う場面の動画を撮って、断りもなくYouTubeにアップしたのでした。

それだけでもどうかと思うのですが、今度は、直哉は真紀に向かって二人の一連の騒動を
「小説」 にすればいいと言います。「ていうかさ、作家なんだから、そーいうのこそネタにすれば? 」 という軽口に、藁にも縋る思いで、つい乗ってしまうのでした。

これが、美和子夫婦を含んで、ただならぬ事態を招くことになります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆天野 千尋
1982年愛知県生まれ。
名古屋大学法学部法律政治学科卒業。映画監督、脚本家。

作品 2009年に映画制作を開始。主な作品に 「さよならマフラー」「フィガロの告白」「ガマゴリ・ネバーアイランド」「どうしても触れたくない」など。19年秋、「ミセス・ノイズィ」 が東京国際映画祭・スプラッシュ部門のワールドプレミアで大反響を呼ぶ。本書はそのノベライズ作品である。(映画は20年12月に公開)

関連記事

『残穢』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『残穢』小野 不由美 新潮文庫 2015年8月1日発行 この家は、どこか可怪しい。転居したばかりの

記事を読む

『ナキメサマ』(阿泉来堂)_書評という名の読書感想文

『ナキメサマ』阿泉 来堂 角川ホラー文庫 2020年12月25日初版 最後まで読ん

記事を読む

『父と私の桜尾通り商店街』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『父と私の桜尾通り商店街』今村 夏子 角川書店 2019年2月22日初版 違和感を

記事を読む

『まつらひ』(村山由佳)_書評という名の読書感想文

『まつらひ』村山 由佳 文春文庫 2022年2月10日第1刷 神々を祭らふこの夜、

記事を読む

『豆の上で眠る』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『豆の上で眠る』湊 かなえ 新潮文庫 2017年7月1日発行 小学校一年生の時、結衣子の二歳上の姉

記事を読む

『飼い喰い/三匹の豚とわたし』(内澤旬子)_書評という名の読書感想文

『飼い喰い/三匹の豚とわたし』内澤 旬子 角川文庫 2021年2月25日初版 下手な

記事を読む

『切羽へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『切羽へ』井上 荒野 新潮文庫 2010年11月1日発行 かつて炭鉱で栄えた離島で、小学校の養

記事を読む

『裏アカ』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『裏アカ』大石 圭 徳間文庫 2020年5月15日初刷 青山のアパレルショップ店長

記事を読む

『森に眠る魚』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『森に眠る魚』角田 光代 双葉文庫 2011年11月13日第一刷 東京の文教地区の町で出会った5人

記事を読む

『4TEEN/フォーティーン』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『4TEEN/フォーティーン』石田 衣良 新潮文庫 2005年12月1日発行 東京湾に浮かぶ月島。

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『羆嵐』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『羆嵐』吉村 昭 新潮文庫 2026年12月20日 62刷発行

『妊娠カレンダー』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『妊娠カレンダー』小川 洋子 文春文庫 2020年12月20日 第2

『カフェーの帰り道』(嶋津輝)_書評という名の読書感想文

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 東京創元社 2026年1月23日 4版

『きっと君は泣く』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『きっと君は泣く』山本 文緒 角川文庫 2026年1月25日 改版初

『彼女たちが隠したかったこと』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『彼女たちが隠したかったこと』一木 けい 角川文庫 2026年1月2

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑