『アズミ・ハルコは行方不明』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『アズミ・ハルコは行方不明』山内 マリコ 幻冬舎文庫 2015年10月20日初版

グラフィティ:スプレーやフェルトペンなどを使い、壁などに描かれた落書きのこと。
ステンシル:印刷などで用いる一種の型紙。文字や模様を切り抜き、インクが通過するようにしたもの。

地方のキャバクラで働く愛菜は、同級生のユキオと再会。ユキオは意気投合した学と共にストリートアートに夢中だ。3人は、1ヶ月前から行方不明になっている安曇春子を、グラフィティを使って遊び半分で捜し始める。男性を襲う謎のグループ、通称〈少女ギャング団〉も横行する街で、彼女はどこに消えたのか? 現代女性の心を勇気づける快作。(幻冬舎文庫解説より)

帯に「映画化決定! 2016年公開(予定)」とあります。主演は、蒼井優。彼女が演じるのは、もちろん「安曇春子」です。(決まっているのはこれだけで、他は未定)

これだけの情報なのですが、知ってしまえば、(小説に出てくる)安曇春子がもう「蒼井優」にしか思えなくなります。どうしたものかと思いつつ読み出したのですが、安曇春子が登場するのは始まってから少しあと、第1部の最後あたりになります。

安曇春子は確かに主人公ではありますが、謂わばこの小説における『象徴』のような存在で、言ってしまえばどうということのない女性です。交番の前にある《尋ね人》の貼り紙によれば、

安曇春子(失踪時28歳)
身長160センチ位 中肉よりやや痩せ型
黒髪 セミロング
平成25年6月15日午後9時頃、買い物に行くと言って車で出かけたまま行方不明。

とあります。彼女がどれほど普通であるかを詳しく書いてあるのが、第2部「世間知らずな女の子」- ここで初めて、春子の実体が明らかになります。

はじめに登場するのは、元キャバ嬢の木南愛菜であったり、愛菜の同級生、富樫ユキオや三橋学であったりします。ユキオは、名古屋にある国立の工業大学を中退して地元に帰っています。中学で登校拒否になった学は今、街のショッピングセンターで働いています。

ユキオと学は、映画「イグジッド・スルー・ザ・ギフトショップ」を見て、田舎の街をグラフィティアートで彩るアーティストの姿に大感動します。映画に出てくる覆面アーティスト・バンクシーに憧れ、自分たちもグラフィティを使って遊ぼうと思いつきます。

最初はユキオの気まぐれ、学が滅法絵が上手なことが分かり、ただの落書きだけでは飽き足らなくなったとき見つけたのが「安曇春子」の貼り紙です。ユキオは、春子の顔をステンシルにして街中にスプレーして回ろうと言い出します。

ひと気のない場所まで車で乗り付け、無言のままポイントを決めると、学がステンシル型を手で押さえている間、ユキオはスプレーを吹き付け一気に塗り潰します。電話ボックスのガラス戸に、ガードレールに、色褪せた看板に、廃屋になったまま放置された家の塀に。

2人は次第にエリアを広げ、ありとあらゆる場所に出向いてアズミ・ハルコのステンシルを拡散させていきます。そんなところへ、(まるで不本意なのですが)愛菜が加わり、男性を襲う謎のグループ、通称〈少女ギャング団〉が現れては、学を傷め付けたりもします。
・・・・・・・・・・
さてこれは如何なる趣旨のもとに書かれた小説であるかと思いきや、どうやら「現代女性の心を勇気づける」話であるらしい。そう言われてみれば、確かにそうであるような気がしないでもありません。

安曇春子に限らず、うら若き女性の多くが、大抵は平均以上でも以下でもないごくありふれた人たちです。今の世の中外見だけならどうとでもなれ、見合っただけの内実があり、心が充たされているかといえば、そんな人こそ滅多にいないだろうと思います。

女性である故に(男よりも)生きづらいことが山ほどあるに違いありません。思うような仕事に就けず、やっとのこと就職した先ではお決まりのセクハラやパワハラに業を煮やし、しかし辞めるわけにもいかずひたすら耐え忍ぶような毎日が楽しいはずがありません。

事件と言えば男性が女性を辱めるようなことばかりの社会にあって、男性だけが狙われて、殴られ蹴られした上に金品を奪われるという事件が頻発します。しかも犯行メンバー全員が女子高生ともなれば、(鬱屈を抱えた女性なら)どこかしら喝采したくもなるのでしょう。

時代が求めるようにして〈少女ギャング団〉は現れ、アズミ・ハルコは、そうなるべくして失踪を果たします。

この本を読んでみてください係数  80/100


◆山内 マリコ
1980年富山県富山市生まれ。
大阪芸術大学映像学科卒業。

作品 「ここは退屈迎えに来て」「さみしくなったら名前を呼んで」「パリ行ったことないの」「かわいい結婚」など

関連記事

『砂漠ダンス』(山下澄人)_書評という名の読書感想文

『砂漠ダンス』山下 澄人 河出文庫 2017年3月30日初版 「砂漠へ行きたいと考えたのはテレビで

記事を読む

『自転しながら公転する』(山本文緒)_書評という名の読書感想文

『自転しながら公転する』山本 文緒 新潮文庫 2022年11月1日発行 第16回

記事を読む

『あの子の殺人計画』(天祢涼)_書評という名の読書感想文

『あの子の殺人計画』天祢 涼 文春文庫 2023年9月10日 第1刷 社会派ミステリー・仲田

記事を読む

『あむんぜん』(平山夢明)_書評という名の読書感想文

『あむんぜん』平山 夢明 集英社文庫 2022年7月25日第1刷 時に荒唐無稽 時

記事を読む

『BUTTER』(柚木麻子)_梶井真奈子、通称カジマナという女

『BUTTER』柚木 麻子 新潮文庫 2020年2月1日発行 木嶋佳苗事件から8年

記事を読む

『阿蘭陀西鶴』(朝井まかて)_書評という名の読書感想文

『阿蘭陀西鶴』朝井 まかて 講談社文庫 2016年11月15日第一刷 江戸時代を代表する作家・井原

記事を読む

『朝が来るまでそばにいる』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『朝が来るまでそばにいる』彩瀬 まる 新潮文庫 2019年9月1日発行 火葬したは

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『アンダーリポート/ブルー』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文

『アンダーリポート/ブルー』佐藤 正午 小学館文庫 2015年9月13日初版 15年前、ある地方

記事を読む

『あなたの涙は蜜の味|イヤミス傑作選』(宮部みゆき 辻村深月他)_書評という名の読書感想文

『あなたの涙は蜜の味|イヤミス傑作選』宮部みゆき 辻村深月他 PHP文芸文庫 2022年9月22日

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑