『アミダサマ』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『アミダサマ』(沼田まほかる), 作家別(な行), 書評(あ行), 沼田まほかる

『アミダサマ』沼田 まほかる 光文社文庫 2017年11月20日初版

まるで吸い寄せられるように二人の男が訪れた廃車置場。そこにうち捨てられた冷蔵庫の中にいたのは、死にかけた裸の幼女だった。男の一人、住職の浄鑑(じょうがん)はその幼女ミハルを引き取ることにする。だが、彼女が寺に身を寄せてから、集落では凶事が続き、人々の間に邪気が増殖していく - 。ミハルとはいったい何者なのか? まほかるワールド全開の、サスペンス長編! (光文社文庫)

耳鳴り。何者かの気配。廃車置場の冷蔵庫の中。死にかけた裸の幼女。

小さな裸の身体を暗闇が圧し包んでいた。立つことも横たわることもできない狭い箱のなかに、子供は手足をたたんでじっとうずくまっていた。(中略)箱の内側に満ちる闇は、そのまま想像もできない彼方まで、夜のように海のように広がっていた。

アミダサマ - 阿弥陀様。幼女の名前は、綿本ミハル。

罠にかかった小動物のように、その子はただぐったりと脱力してそこにいた。闇以外には何もないそこで、少しずつ身体の感覚を失くし、自分が自分であることを忘れ、最後には、自分はもう死んでしまっているという感触にすっぽりと覆い尽くされて。

筒井浄鑑は、廃車置場近くの寺の住職。

常にもまして怠りなく本堂の仏前を荘厳し、心を引き締めて朝夕の勤行を執り行ったが、読経のうちに忽然と顕れて浄鑑をいざなう、あのはるばると懐かしい地平を見出すことは絶えてなくなった。極楽の蓮華は咲かず、迦陵頻伽は啼かない。

そのころから、境内の樹木に大量の虫が湧き始めた。人肌に似た色の、節のある軟らかそうな幼虫が、葉という葉の陰にびっしりとはりついて、通りかかる者の肩や髪にほたほたと落ちた。敷石の上にも地面にも、踏みにじられて粘液のとび出た虫がこびりついていて、新たな足の置き場もなかった。千賀子が日に何度も、狂ったようにそれを掃いた。

幼女の見立て - 浄鑑は粗末な縵衣の袈裟から右肩をつきだした摩訶迦旃延(まかかせんねん)。憤怒の渦巻く異界で血みどろの戦いを繰り広げる魔神・阿修羅は、浄鑑とは別にミハルに憑かれたもう一人の男、工藤悠人。そして浄鑑の母・千賀子は聖母マリアにも似た弥勒菩薩。

悠人の記憶のなかで、ミハルはいつまでも五歳の幼女だった。彼はミハルを、人が人を求めるようには求めず、現実のミハルが幾つになったか考えてみることもしなかった。〈ミハル〉は彼にとって、視力を失った者にとっての光、閉じ込められた者にとっての自由、飢え渇いた者にとっての一杯の水、それともジャンキーにとってのヘロイン、何かそういう種類の切羽詰まった願望だった。

※このまま「コエ」が来なければ、俺は一生この底なし沼で、怨み、呪い、焦がれながらのたうちまわるだろうと思う内に日々を過ごす悠人は、祖父・多摩雄と出会い、「娼婦」の律子と暮らし始めます。

浄鑑は母の弔いの場にいた。仏前に座し、七条袈裟に修多羅で隙もなく威儀を正して、三奉請を調声している。

奉請弥陀如来 入道場 散華楽
奉請釈迦如来 入道場 散華楽
奉請十方如来 入道場 散華楽

母の死は報われた。絶対慈悲のあの御方が、こうして母を受け入れた。髪にも袈裟にも雪のように花びらを浴びながら、浄鑑は気持ちが充たされるのを感じた。

〈呼ぶな、ミハル〉
迦陵頻伽に言う。
けれども鳥は、妙音鳥は、鋭い嘴を開き、暗い喉の奥から吐息に似た声をほとばしらせて、ひとつの名を呼ぶ。

出会ったはずのない、それは工藤悠人の名前でした。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆沼田 まほかる
1948年大阪府生まれ。
大阪文学学校に学ぶ。離婚後、得度して僧侶となる。小説デビューは56歳。

作品 「九月が永遠に続けば」「痺れる」「彼女がその名を知らない鳥たち」「ユリゴコロ」他

関連記事

『折れた竜骨(上)』(米澤穂信)_書評という名の読書感想文

『折れた竜骨(上)』米澤 穂信 東京創元社 2013年7月12日初版 一人の老兵の死から、この

記事を読む

『あなたの不幸は蜜の味』(辻村深月ほか)_書評という名の読書感想文

『あなたの不幸は蜜の味』辻村深月ほか PHP文芸文庫 2019年7月19日第1版

記事を読む

『そこにいるのに/13の恐怖の物語』(似鳥鶏)_書評という名の読書感想文

『そこにいるのに/13の恐怖の物語』似鳥 鶏 河出文庫 2021年6月20日初版

記事を読む

『1ミリの後悔もない、はずがない』(一木けい)_書評という名の読書感想文

『1ミリの後悔もない、はずがない』一木 けい 新潮文庫 2020年6月1日発行 「

記事を読む

『エイジ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『エイジ』重松 清 新潮文庫 2004年7月1日発行 重松清の小説が嫌いだと言う人はあまりいないと

記事を読む

『最後の命』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『最後の命』中村 文則 講談社文庫 2010年7月15日第一刷 中村文則の小説はミステリーとして

記事を読む

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発行 直木賞・山本周五郎賞

記事を読む

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫 2024年5月15日

記事を読む

『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版 大阪府警今里署のマル暴担当刑事・堀内は

記事を読む

『インストール』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『インストール』綿矢 りさ 河出書房新社 2001年11月20日初版 この小説が文藝賞を受賞

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『十字架屋の日常』 (井上荒野)_書評という名の読書感想文

『十字架屋の日常』 井上 荒野 中公文庫 2026年2月25日 初版

『有罪、とAIは告げた』 (中山七里)_書評という名の読書感想文

『有罪、とAIは告げた』 中山 七里 小学館文庫 2026年5月20

『けんぐゎい』 (朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文

『けんぐゎい』 朝倉 かすみ 光文社 2026年4月30日 初版第1

『食べると死ぬ花』 (芦花公園)_書評という名の読書感想文

『食べると死ぬ花』 芦花 公園 新潮文庫 2026年6月1日 発行

『滅びの前のシャングリラ』 (凪良ゆう)_書評という名の読書感想文

『滅びの前のシャングリラ』 凪良 ゆう 講談社文庫 2026年5月1

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑