『アミダサマ』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『アミダサマ』沼田 まほかる 光文社文庫 2017年11月20日初版


アミダサマ (光文社文庫)

まるで吸い寄せられるように二人の男が訪れた廃車置場。そこにうち捨てられた冷蔵庫の中にいたのは、死にかけた裸の幼女だった。男の一人、住職の浄鑑(じょうがん)はその幼女ミハルを引き取ることにする。だが、彼女が寺に身を寄せてから、集落では凶事が続き、人々の間に邪気が増殖していく - 。ミハルとはいったい何者なのか? まほかるワールド全開の、サスペンス長編! (光文社文庫)

耳鳴り。何者かの気配。廃車置場の冷蔵庫の中。死にかけた裸の幼女。

小さな裸の身体を暗闇が圧し包んでいた。立つことも横たわることもできない狭い箱のなかに、子供は手足をたたんでじっとうずくまっていた。(中略)箱の内側に満ちる闇は、そのまま想像もできない彼方まで、夜のように海のように広がっていた。

アミダサマ - 阿弥陀様。幼女の名前は、綿本ミハル。

罠にかかった小動物のように、その子はただぐったりと脱力してそこにいた。闇以外には何もないそこで、少しずつ身体の感覚を失くし、自分が自分であることを忘れ、最後には、自分はもう死んでしまっているという感触にすっぽりと覆い尽くされて。

筒井浄鑑は、廃車置場近くの寺の住職。

常にもまして怠りなく本堂の仏前を荘厳し、心を引き締めて朝夕の勤行を執り行ったが、読経のうちに忽然と顕れて浄鑑をいざなう、あのはるばると懐かしい地平を見出すことは絶えてなくなった。極楽の蓮華は咲かず、迦陵頻伽は啼かない。

そのころから、境内の樹木に大量の虫が湧き始めた。人肌に似た色の、節のある軟らかそうな幼虫が、葉という葉の陰にびっしりとはりついて、通りかかる者の肩や髪にほたほたと落ちた。敷石の上にも地面にも、踏みにじられて粘液のとび出た虫がこびりついていて、新たな足の置き場もなかった。千賀子が日に何度も、狂ったようにそれを掃いた。

幼女の見立て - 浄鑑は粗末な縵衣の袈裟から右肩をつきだした摩訶迦旃延(まかかせんねん)。憤怒の渦巻く異界で血みどろの戦いを繰り広げる魔神・阿修羅は、浄鑑とは別にミハルに憑かれたもう一人の男、工藤悠人。そして浄鑑の母・千賀子は聖母マリアにも似た弥勒菩薩。

悠人の記憶のなかで、ミハルはいつまでも五歳の幼女だった。彼はミハルを、人が人を求めるようには求めず、現実のミハルが幾つになったか考えてみることもしなかった。〈ミハル〉は彼にとって、視力を失った者にとっての光、閉じ込められた者にとっての自由、飢え渇いた者にとっての一杯の水、それともジャンキーにとってのヘロイン、何かそういう種類の切羽詰まった願望だった。

※このまま「コエ」が来なければ、俺は一生この底なし沼で、怨み、呪い、焦がれながらのたうちまわるだろうと思う内に日々を過ごす悠人は、祖父・多摩雄と出会い、「娼婦」の律子と暮らし始めます。

浄鑑は母の弔いの場にいた。仏前に座し、七条袈裟に修多羅で隙もなく威儀を正して、三奉請を調声している。

奉請弥陀如来 入道場 散華楽
奉請釈迦如来 入道場 散華楽
奉請十方如来 入道場 散華楽

母の死は報われた。絶対慈悲のあの御方が、こうして母を受け入れた。髪にも袈裟にも雪のように花びらを浴びながら、浄鑑は気持ちが充たされるのを感じた。

〈呼ぶな、ミハル〉
迦陵頻伽に言う。
けれども鳥は、妙音鳥は、鋭い嘴を開き、暗い喉の奥から吐息に似た声をほとばしらせて、ひとつの名を呼ぶ。

出会ったはずのない、それは工藤悠人の名前でした。

 

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アミダサマ (光文社文庫)

◆沼田 まほかる
1948年大阪府生まれ。
大阪文学学校に学ぶ。離婚後、得度して僧侶となる。小説デビューは56歳。

作品 「九月が永遠に続けば」「痺れる」「彼女がその名を知らない鳥たち」「ユリゴコロ」他

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