『69 sixty nine』(村上龍)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/14
『69 sixty nine』(村上龍), 作家別(ま行), 書評(さ行), 村上龍
『69 sixty nine』村上 龍 集英社 1987年8月10日第一刷
1969年、村上龍は17歳の高校生でした。『69 sixty nine』は、当時の彼の周辺で起こった出来事が描かれた、いわば自伝的な小説です。執筆当時の村上龍は32歳。まだまだ若くて、怖いもの知らず。「感じたことを、感じたままに書いている風」がいいのです。
にしても、彼のもの言いは、時にこちらの方がオロオロしてしまうくらいに過激で辛辣です。高校生だった村上龍は数少ない例外を除いてほとんどの教師を憎んでいたと言い、彼らを「本当に大切なものを奪おうとし、人間を家畜へと変える仕事を飽きずに続ける退屈の象徴」であると、バッサリ言い捨てにします。
オロオロもするのですが、結局はその言い切り具合の鮮やかさにやられてしまいます。
深い考えもなく、ただ漫然と生きてきた私のような人間は、肝心要なときに至っても、往々にして嫌なことを嫌とは言えなくなっています。本当はやりたくないことを、周りがやるから仕方なく一緒になってやることがあります。
それが人としての度量だなどと無理やり思い込んで、実は臆病な自分に目を瞑っているだけなのは分かっているのです。分かっているから、何とかせねばと思いもします。しかし、事はそうそう上手くはいきません。上手くはいかないので、せめてもと思い、私は村上龍の小説を読んでいます。
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ヤザキは、同じ新聞部の岩瀬、秀才の山田正ことアダマの3人で映画を撮ろうと計画します。映画は更なる計画の序章です。ヤザキはこの町で様々な催し物、演劇や映画やロックバンド、いろんな人が集まる〈フェスティバル〉をやろうと目論んでいました。
〈レディ・ジェーン〉というあだ名の英語劇部の美少女・松井和子を映画のヒロインにしようという話が、巡り巡って学校でバリケード封鎖をやろうという話へ展開して行きます。
理由は、単純明白。松井和子の歓心を買うための策略です。その邪な理由を隠して、ヤザキらは学生運動をしている級友に会いに行きます。そして、まんまと彼らを引き込んだ挙句、無謀な企みを実現してしまいます。
組織の名前は〈跋折羅(ばさら)団〉- 学校の屋上を封鎖する。校舎内にスローガンを落書きして、屋上から垂れ幕を下す。スローガンには、政府の反革命的行為として長崎国体粉砕を掲げることも決まり、ヤザキは一夜にして北高反体制組織のリーダーとなります。
『想像力が権力を奪う』と謳ったバリケード封鎖は、わずか半日で幕を閉じます。しかし、それは北高開校以来の不祥事であり、反体制組織にとっては勝利と言えるものでした。
首謀者のヤザキとアダマは、無期限の停学処分を受けることが決まります。が、ヤザキはまだ〈フェスティバル〉を諦めたわけではありません。
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ヤザキが在籍する北高は、市内で抜群の進学率を誇る名門校です。多くが医学部を志望するような理系の生徒の中で、ヤザキは異色の芸術家肌で、ロックバンドのリーダーをしたり、顧問の先生の検閲なしに新聞を発行して発禁回収処分を受けたりします。
九州の西端、基地の町・佐世保で暮らし、堅くて保守的な教師が多い地方の進学校で学ぶ高校生には2つのタイプがあります。共に優秀であるが故に、ひたすら勉学に勤しむ生徒対して、ひたすら勉学以外のことに関心を寄せる生徒、そんな輩も数多くいたのです。
脅威の象徴である米軍基地が生活と隣接している特異な状況を、ヤザキは日々肌で感じています。米軍に容易く躰を開く日本女性を激しく侮蔑し、他方ではやり切れない屈辱感を抱えています。
学生運動で揺れる状況を前にしても事を成さず、旧態依然と生徒を叱り飛ばすだけの教師たちの姿は、反骨精神を持て余してひたすら何事かを成そうと企むヤザキにとって、ただの愚かな人間としか映らないのです。
反骨精神の源泉は、教師への不満や社会に対する批判ばかりに向けられたわけではありません。17歳の男子にとってそれ以上に切実なのは、女性への憧れであり、性に対する渇望です。
バリ封前の準備で学校へ忍び込む場面は、大胆かつ爆笑ものです。が、一転〈レディ・ジェーン〉こと松井和子のこととなると、さすがのヤザキもまるでへなちょこな17歳、純情で、まだ何ら成し得ない少年に立ち戻ってしまうのです。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆村上 龍
1952年長崎県佐世保市生まれ。本名は村上龍之助。父は美術教師、母は数学教師だった。
武蔵野美術大学造形学部中退。
作品 「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」「愛と幻想のファシズム」「五分後の世界」「インザ・ミソスープ」「希望の国のエクソダス」「半島を出よ」他多数
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