『携帯の無い青春』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/12 『携帯の無い青春』(酒井順子), 作家別(さ行), 書評(か行), 酒井順子

『携帯の無い青春』酒井 順子 幻冬舎文庫 2011年6月10日初版

黒電話の前で、「彼」からの電話を待つ。そんな、今の若者には信じられないであろう、青春時代の思い出を持つ「バブル」世代。女子大生ブーム、ワンレン、ディスコ、竹の子族、カフェバー、アメカジ、ぶりっ子など、振り返ると、あの頃は、恥ずかしかった・・・・。でも、「良い青春時代だった」とも、思えるのです。イタくもしみじみするエッセイ。(幻冬舎文庫より)

「ユーミン」
ユーミンこと松任谷由実は、1954年、東京は八王子生まれ。18歳の時にデビューして、19歳で最初のアルバム「ひこうき雲」をリリース。22歳で松任谷正隆氏と結婚して荒井由美から松任谷由実となりました。

最初のアルバム「SURF&SNOW」をリリースしたのが26歳で、人気はどんどん上昇し、1989年リリースの「LOVE WARS」は199万枚、翌年リリースの「天国のドア」に至っては200万枚を超える売り上げとなったのです。

おそらくは現在年齢でいうと40代から60代半ば位にかけての方なら、知らないという人はまずいないくらいにポピュラーなアルバムで、日々の暮らしのどこかしらの場面で、(例えばドラマの主題歌であったり、喫茶店や商店街のBGMとして)切れ間なく流れていたものです。

一曲集中ではなく「ユーミンが歌う曲」だというのが良かった。多くの人が(特に青春期にあった独身女性らは)何かしら特別な思い入れを持って聴いていたことでしょうし、中に「ユーミンより他ない」という絶対的信者が数多くいたのは疑いのないところです。

それほどにユーミンは世の女性たちのカリスマ的存在であったわけですが、では彼女の何をして、同世代の女性の心を鷲掴みにしたのか? - ここからは著者である酒井順子氏が言うことなので気を悪くなさらずに聞いてほしいのですが、

まず、ユーミンという歌手の特徴は、尋常ではない作詞作曲の才能を持っていることがあげられるのでしょう。これは異論のないところだと思います。押しつけがましいところが微塵もなく、それでいてしっかり印象に残る、彼女ならではの心地いい楽曲にこそ魅力があるのは確かなことです。が、

大変に失礼ながら、顔がものすごく美人なわけでもなく、さらには歌がものすごく上手なわけでもありません。(コンサート風景を初めて観たとき、確かに私もそう感じたのを覚えています。どちらかというと不美人だし、明らかに歌は下手くそです、ハイ。)

ところが、ユーミンには当時の他の歌手には無い「スタイル」というものがあったといいます。この場合のスタイルとは、プロポーションが良いという意味も含め、服や髪型といった外見の部分においても、(後年の女性誌においてよく使われるようになった)

「その人なりのスタイル」というものが、ユーミンには色濃く表れていたといいます。発言や暮らし方や旦那さんもすべて格好いいという、「素敵なライフスタイル」というものを彼女は体現してみせていたのです。

ですから当時中学生であった著者は、ユーミン的世界に激しく憧れ、「きっともう少ししたら、私もそんな世界に行くことができるのだな」という思いに耽ります。すなわち、

彼が出るラグビーの試合の応援に行った後は彼の車で中央フリーウェイをドライブし、夏は一緒にサーフィンをして冬はスキー。クリスマスにはサンタクロースである恋人が家まで迎えにきてくれる・・・・、そんな世界を夢見て、一人部屋にいてあんなことやこんなことをしていたわけです。

私の奥さんは間近に還暦を迎えるような年齢になった今でも、趣味の編み物をしている時には決まってユーミンのCDを聴いています。彼女が好きなのは「緑の町に舞い降りて」に「時のないホテル」、それと「ベルベット・イースター」であるらしい。

私はというと、「水の中のASIAへ」(1981年)というアルバムの中にある「スラバヤ通りの妹へ」がダントツに好きなのであります。

原色が映える風景と雑踏を行き交う人々の賑わい。緩い熱風だけが吹く通りを、あたり前のようにして涼し気に歩く老人や子供たちを見るにつけ、どこかしら日本人に似た面影があり、わけもなく胸が熱くなります。なまじ行ったことがあるので尚更に、あの切ないメロディーラインにやられてしまうのでしょう。

とまあ、私ども夫婦もまさしくユーミンチルドレンであり、バブル期に青春していた世代であるわけです。そんな人たちにはとても懐かしい、そして恥ずかしくもあるあんなことやこんなことが満載なった一冊なのであります。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆酒井 順子
1966年東京都生まれ。
立教大学社会学部卒業。

作品 「負け犬の遠吠え」「儒教と負け犬」「おばさん未満」「泡沫日記」「ユーミンの罪」「地震と独身」他多数

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