『主よ、永遠の休息を』(誉田哲也)_せめても、祈らずにはいられない。

公開日: : 最終更新日:2024/01/08 『主よ、永遠の休息を』(誉田哲也), 作家別(は行), 書評(さ行), 誉田哲也

『主よ、永遠の休息を』誉田 哲也 中公文庫 2019年12月25日5刷

「名無し少女 推定六歳 完全無修正」 - 共有通信の若き記者・鶴田は、暴力団事務所との接触から、ある誘拐殺人事件の犯行ビデオがネット配信されている事実を知る。真相を探る鶴田を影のように追う男、ほのかな恋情を交わすコンビニの店員・・・・・・・やがて十四年前の悪夢が甦る。大いなる不条理を見つめた慟哭のミステリー。(中公文庫)

14年前の8月21日月曜日、夜8時半頃。史奈ちゃんは親戚宅付近で行方不明になり、その夜のうちに捜索願が出されたが、発見には至らなかった。
しかし、史奈ちゃん失踪から19日が経った、9月9日の土曜日。その親戚宅から2キロほど離れた児童公園で、一人の男が警察に逮捕された。

男は、公園に遊びにきていた女児がトイレで用を足す様子をビデオカメラで撮影しようとし、だが犯行を、たまたま通りかかった公園管理組合員に目撃され、その場で取り押さえられた。通報を受けて駆けつけた警察官が事情を訊くと、男が盗撮しようとしたことを認めたため、現行犯逮捕となった。

その男の名が、稲垣満。当時24歳だった。
千葉県警木更津警察署は稲垣を取り調べ、さらに余罪を追及。すると稲垣は、まもなくとんでもない供述を始めた。8月の下旬に、家に遊びにきた女の子を暴行した上、殺害。家の裏の林に捨てた、と。
木更津署は県警捜査一課と捜査本部を設置。稲垣を死体遺棄容疑で再逮捕。のちに殺人容疑で再々逮捕。12月半ばに起訴。(P141.142)

つまりは、稲垣は史奈ちゃんを誘拐し、殺して棄てたのは自分だと全面的に認めたのであった。ところが、その翌年から始まった稲垣の裁判は、なんとも複雑な経過を辿ることになる。

時の 「稲垣の部屋」 の様子はというと -

写真は部屋の三方の壁を写しているが、そのどれもが本の背表紙や、ビデオのラベルらしきもので埋め尽くされている。床から天井まで、隙間なく並べられたタイトル、タイトル、タイトル。小さい写真なのでその一つひとつがなんなのかまでは分からないが、綺麗に整理整頓されている、という印象は少なくともない。隙間を見つけたらとにかく詰め込んで、詰め込む。そうやってできた、本とビデオの壁。趣味の砦。偏執狂的収集癖の洞窟。そんな眺めだ。

ただ、右側の壁の真ん中辺りには、ひと際大きな何かがはまり込んでいるのが見える。黒くて四角いもの。テレビ画面のようだ。そう思って改めて見ると、部屋の真ん中、かろうじて残っている床部分には布団が敷いてあり、黒い四角は、寝転がって観るのにちょうどいい場所に配置されているだと分かる。(P151)

あれ!? これって - 、以前テレビで見たような? 連日世間を騒がせた、幼女ばかりをつけ狙い、挙句捕まったあの男の部屋とそっくりではないかと。

布団、ときて、またあのブログの文面を思い出した。
映像の背景、無数に並んだビデオテープ、コミック、映っている少女、あの事件の、被害者。

激裏動画ドットコム で配信されていた映像とは、一体どういうものだったのだろう。この写真の部屋の、中央に敷かれた布団の上で、鈴木史奈という少女が、つまり凌辱される、まさにその場面だったというのか。(P151の続き)

この時点における鶴田の推理の半分は当っており、あとの半分は間違っている。彼が掴んだことは、まだ事件の真相のほんの端緒でしかない。隠された真実に迫るのは、さらに先のことである。

※ただ、事件は解決しても、誰も救われない。その不条理に、報われず無念のうちに息絶えた全ての人に、せめても 主よ、永遠の休息を と。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆誉田 哲也
1969年東京都生まれ。
学習院大学経済学部経営学科卒業。

作品 「妖の華」「アクセス」「ストロベリーナイト」「武士道セブンティーン」「ハング」「あなたが愛した記憶」「ケモノの城」「背中の蜘蛛」他多数

関連記事

『セイジ』(辻内智貴)_書評という名の読書感想文

『セイジ』 辻内 智貴 筑摩書房 2002年2月20日初版 『セイジ』 が刊行されたとき、辻内智

記事を読む

『流』(東山彰良)_書評という名の読書感想文

『流』東山 彰良 講談社 2015年5月12日第一刷 第153回直木賞受賞作品です。小説は、

記事を読む

『異邦人(いりびと)』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『異邦人(いりびと)』原田 マハ PHP文芸文庫 2018年3月22日第一刷 たかむら画廊の青年専

記事を読む

『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(辺見じゅん)_書評という名の読書感想文

『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』辺見 じゅん 文春文庫 2021年11月5日第23刷

記事を読む

『殺人鬼フジコの衝動』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『殺人鬼フジコの衝動』真梨 幸子 徳間文庫 2011年5月15日初版 小学5年生、11歳の少

記事を読む

『出身成分』(松岡圭祐)_書評という名の読書感想文

『出身成分』松岡 圭祐 角川文庫 2022年1月25日初版 貴方が北朝鮮に生まれて

記事を読む

『サロメ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『サロメ』原田 マハ 文春文庫 2020年5月10日第1刷 頽廃に彩られた十九世紀

記事を読む

『せんせい。』(重松清)_書評という名の読書感想文

『せんせい。』重松 清 新潮文庫 2023年3月25日13刷 最泣王・重松清が描く

記事を読む

『スメル男 (新装版)』(原田宗典)_書評という名の読書感想文

『スメル男 (新装版)』原田 宗典 講談社文庫 2021年1月15日第1刷 「腐っ

記事を読む

『しょうがの味は熱い』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『しょうがの味は熱い』綿矢 りさ 文春文庫 2015年5月10日第一刷 結婚という言葉を使わず

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑