『夢を与える』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2017/05/08
『夢を与える』(綿矢りさ), 作家別(わ行), 書評(や行), 綿矢りさ
『夢を与える』綿矢 りさ 河出文庫 2012年10月20日初版
こんなシーンがあります。
主人公の夕子は、チャイルドモデルとしてのCM出演からスタートして、今や国民的アイドルになっています。ドラマ撮影の合間にも、宣伝のためのインタビュー取材が立て続けに入ります。
夕子はインタビュアの質問に元気よく答えるたびに、内心ではどうしようもない違和感を感じています。
夕子の内なる声①
(嘘は言ってないけれど、過剰に気持ちを飾るくせがついている。飾れば飾るほど評価されるけれど、言葉がきれいすぎて、心の汚い部分がそれは違うと叫び出す。)
しかし、取材がドラマの宣伝のためにあることを、夕子は十分承知しています。
夕子の内なる声②
(まず、問いかけに対して自分がどう思っているかではなく、どういうことを言えば人にどう思われるかを考える。自分の本心を見つけるふりをして長く考え込んでから、人によく思われる無難な答えを選んでいると、自分がとんでもない嘘つきに思えてくる。)
「将来はテレビを見ている人に夢を与えるような女優になりたいです」
習慣でまた言ってしまった雑誌のインタビューでの自分の言葉を思い出し、
「ねえ、この言葉ってきたならしくない? 」とヘアメイクのakkoさんに訊ねると、
「そんなことないわよ、限られた人にしか言えない、最高の言葉よ」と返されます。
夕子は納得できず、さらに問いかけます。
「たとえば農業をやるつもりの人が、〈私は人々に米を与える仕事がしたいです〉って言う? 」
夕子は、「与える」という言葉が決定的におかしいことに気付いています。「与える」などと、高飛車な言い方が許される方がおかしいし、そもそもこの場合の「夢」とは何を指して言うのか。今まで散々言ってきたけれど、未だにそれが分からない、と言います。
・・・・・・・・・・
ごく短く内容を紹介しますと、美少女の夕子がチャイルドモデルを経て、やがて人気アイドルとなります。しかし、徐々に作られた虚像を演じる自分に耐えられなくなり、最後には世間を裏切る大スキャンダルが発覚して一巻の終わり・・・、という話です。
結構長い小説で、文庫で320ページあります。芥川賞受賞第一作ですが、受賞から刊行までに実に3年以上の月日が経過しています。本人曰く「文体を変えたくて自分の中で更新するまで時間がかかった」という労作です。
芥川賞を受賞したのが、19歳のとき。大学生になったばかりで、受賞したは良いものの、さあ次は何を書くべきか、どんな風に書くべきか、ずいぶん悩んだことだろうと思います。
綿矢りさの他の小説を読み慣れている人には、どうしても夕子のキャラクターが著者と被ってしまうと思います。出目が印象的で、ほぼ等身大の女の子を主人公にした小説で注目されたわけですから、それを払拭するのはとても大変なことだと思います。
女子高生で、楚々とした美形で、いかにも聡明そうな姿は、そんなこととは関係ない文学界だからこそ、余計にマスコミが煽り立てます。デビュー当初、彼女はまさに文学界の〈アイドル〉でした。が、それとは別に、きっと彼女は何かしら鬱々とした感情を抱えていたのでしょう。
私見を言うと、無理に文体を変えることもないし、今までのように100ページからせいぜい150ページくらいの中編が彼女には一番合っているように思います。
ちょっと負けん気が強くて、鋭い皮肉や比喩を連発しつつも、年相応にちゃんと落ち込んだりしてくれる - 読者は、(あなたが描く)そんな女の子の生態が何より知りたいのですから。正直言うと、今回はちょっと中弛みしました。残念。
※下手なフォローをするわけではありませんが、WOWOWでドラマになっているらしい。観てないけど、ドラマの原作には良いと思います。いかにもドラマっぽい話ではあります。
この本を読んでみてください係数 75/100
◆綿矢 りさ
1984年京都府京都市左京区生まれ。
早稲田大学教育学部国語国文科卒業。
作品 「インストール」「蹴りたい背中」「憤死」「勝手にふるえてろ」「かわいそうだね?」「ひらいて」「しょうがの味は熱い」「大地のゲーム」など
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