『この話、続けてもいいですか。』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『この話、続けてもいいですか。』西 加奈子 ちくま文庫 2011年11月10日第一刷

先日たまたまテレビをつけたら『MUSIC FAIR』という音楽番組で、松任谷由実とJUJUとがデュエットをしていました。二人してユーミン(若かりし頃の松任谷由実はそう呼ばれていました)の懐かしい曲を歌っているのを、何気に聴いていた時のことです。

曲の合間にあるトークの時間に、司会者から「お二人のとっておきの鉄板ネタを教えてください」というフリがあり、その時ユーミン(こっちの方が言いやすい)が披露したネタというのが傑作で、

話し相手に、「この前オリンピックがあったのはどこでしたっけ? 」と訊いてくれといい、訊かれたときの返事が、

リオでじゃねえの? ・・・・リオデジャネイロ。という、ばかばかしくも思わず笑ってしまう、みごとなボケ(!?)だったのであります。

笑うだけ笑ったあと私が思ったのは、「これは使える!! 」という確かな感触です。既に妻や息子に言い莫迦にされてはいますが、彼らとて間違いなく笑っていたのです。私に対する冷やかな態度とは裏腹に、彼らは彼らで「いつか使うぞ」と思ったに違いないのです。

- とまあ、下手な前置きはさておき、この何倍もの面白さでもって身辺のあらゆる出来事についてをしゃべりまくっているのが、このエッセイ集だと思ってください。リオなんぞはほんの序の口、この本を読めば十万倍は笑えます。

こんなに天然で、本音を晒しまくっている人は滅多といません。色気はなさそうだし、声はデカい(と書いてあります)。酒は飲むし、飲めば何をしでかすか分かったものではありません。仲のいい女性編集者がトイレの個室にいるのを、酔って壁の上から眺めたりもします。

ひとつだけ、どうしても気になるのが彼女の生い立ちで、イラン生まれのエジプト育ちという点です。彼女が当時何を見て、何を感じていたかについては以前から大いに興味があったのですが、その辺りについても存分に書いてあります。

ただ、この人の小説(あるいはこのエッセイ)を読めば読むほど、西加奈子という人は、実は(あたり前ですが)生粋の日本人であり、正真正銘、コテコテの関西人であるのが分かります。

そこいらにいる大阪のねえちゃんの代表みたいな人なのです。一人でツッこみ、一人でボケて、勝手にウケてる。端から垣根が低い(ない!? )ので、面白そうなことなら他人事であろうとなかろうと、お構いなしに首を突っ込んで来る。余計な遠慮がありません。

そんな彼女がまだ大阪にいた頃の話で、外人にまつわるエピソードをひとつ紹介したいと思います。ある日、ディアモールという梅田の地下街にある店でカフェオレを飲んでいた時のことです。何となく手持無沙汰で周りを見ていると、白人の男の人と日本人の女の子のカップルが窓際に座っているのが見えます。

最初はただの恋人同士だと思ったのですが、お互いにノートと教材のようなものを持っており、英語の勉強をしているのだと分かります。それにしては、男の人の方が体を前に乗り出し、えらいこと熱心に彼女に何か話しています。

彼女の方は彼女の方で、恥ずかしそうに笑ってうつむいてみたり、彼を見つめたりしています。完全に教材そっちのけのふたりの様子を見て、「ハッハーン。口説いてやがる」と直感したといいます。

どんな風に口説いているのか聞いてやろうと、彼女は彼らの隣の席に移動します。そんなことは気にする素振りも見せず、案の定彼は彼女を口説いています。「ユーアービューティフル」だとか「ファットシンクアボウトミー? 」的なことを言っていたと思うのですが、うろ覚えなのは、この後に彼が言った言葉があまりに衝撃的だったからだそうで、

押しに押し、彼女も満更では無さそうだし、あともう一押しすればヤれる、という希望にメラメラと燃えた青い目はいまや蛇のように光り、そのまま中から小さな鬼六がたくさん出て来て、彼女をがんじがらめにしてしまいそうだと思いきや、彼はとどめの一発を口にします。

「アーユースケベ? 」

彼女はカフェオレを「ぶっ」と噴き出したといいます。鼻の高すぎる、青い目と眉の間が異様に狭い、金髪の外人が、めちゃめちゃええ声で、「アーユースケベ? 」と言ったことに対して、彼女(加奈子ねえちゃん)は「ずるい! 」と思い、おもろい顔などをして人を笑わせたり、己の失敗談を話して人の気を引こうなどとしていた自分の行いを大変虚しく感じ、「アーユースケベ? 」と呟きながら、帰途につきましたとさ。という話。

つもりのない(つまりは天然な)阿呆に勝るものは無い。というお話です。チャン、チャン。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「うつくしい人」「窓の魚」「円卓」「漁港の肉子ちゃん」「きりこについて」「ふくわらい」「通天閣」「炎上する君」「地下の鳩」「サラバ!」他多数

関連記事

『暗いところで待ち合わせ』(乙一)_書評という名の読書感想文

『暗いところで待ち合わせ』 乙一 幻冬舎文庫 2002年4月25日初版 視力をなくし、独り静か

記事を読む

『金賢姫全告白 いま、女として』(金賢姫)_書評という名の読書感想文

『金賢姫全告白 いま、女として』金 賢姫 文芸春秋 1991年10月1日第一刷 この本を読んで、

記事を読む

『遮光』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『遮光』中村 文則 新潮文庫 2011年1月1日発行 私は瓶に意識を向けた。近頃指がまた少し変

記事を読む

『教場』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『教場』長岡 弘樹 小学館 2013年6月24日初版 この人の名前が広く知られるようになったのは

記事を読む

『愚行録』(貫井徳郎)_書評という名の読書感想文

『愚行録』貫井 徳郎 創元推理文庫 2023年9月8日 21版   貫井徳郎デビュー三十周年

記事を読む

『闘う君の唄を』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『闘う君の唄を』中山 七里 朝日文庫 2018年8月30日第一刷 新任の教諭として、埼玉県秩父郡の

記事を読む

『こちらあみ子』(今村夏子)_書評という名の読書感想文

『こちらあみ子』今村 夏子 ちくま文庫 2014年6月10日第一刷 あみ子は、少し風変りな女の子。

記事を読む

『この年齢(とし)だった! 』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

『この年齢(とし)だった! 』酒井 順子 集英社文庫 2015年8月25日第一刷 中の一編、夭折

記事を読む

『風に舞いあがるビニールシート』(森絵都)_書評という名の読書感想文

『風に舞いあがるビニールシート』森 絵都 文春文庫 2009年4月10日第一刷 第135回直木賞受

記事を読む

『ミシンと金魚』(永井みみ)_書評という名の読書感想文

『ミシンと金魚』永井 みみ 集英社 2022年4月6日第4刷発行 花はきれいで、今

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑