『魂萌え! 』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『魂萌え! 』桐野 夏生 毎日新聞社 2005年4月25日発行


魂萌え !

夫婦ふたりで平穏な生活を送っていた関口敏子、59歳。63歳の夫・隆之が心臓麻痺で急死し、その人生は一変した。8年ぶりにあらわれ強引に同居を迫る長男・彰之。長女・美保を巻き込み持ちあがる相続問題。しかし、なによりも敏子の心を乱し、惑わせるのは、夫の遺した衝撃的な「秘密」だった。

たったひとりで、老いと孤独に向き合うことを決意する主人公。世間と格闘しながら、変貌を遂げていく敏子の姿は、読む者に大きな希望を与えてくれる。私たちが生きる、ささやかで儚い日常という世界を舞台に、著者の新たな代表作が誕生した。(アマゾン内容紹介より。一部割愛)

12年ぶりに読み返してみました。最初この本を読んだときには、さほど面白いと思わなかったような覚えがあります。(桐野夏生の)他の本とは違い、毒気がなくて少々物足りない感じがしました。

今よりは若かった分 - いわゆる〈所帯盛り〉で、歳を取った後のことなど考えもしなかったその頃は -(小説に書いてある)この先訪れる〈老い〉というものを真にイメージできずにいたのだと思います。

どう足掻こうとも、もはやそれは〈引き算〉でしかない人生で、その事実あるいは現実を如何にして受容れるのか、これまでを〈これまでのこと〉として割り切って今を生きられるのか - 多くの人にとり、歳を取るとはそういうことなんだろうと。

どうせ、これから先は喪失との戦いなのだ。友人、知人、体力、知力、金、尊厳。数え出したらキリがないほど、自分はいろんなものを失うことだろう。老いて得るものがあるとしたら、それは何なのか、知りたいものだ。(本文より)

つい最近のことです。ちょっと愉快なこと、そして、考えさせられることがありました。私ごとではなく、妻の母、87歳になる義母のことです。

2年前に義父が亡くなり、義母は今一人暮らしをしています。義父が亡くなった後しばらくは、義母は見る影もなく元気を失くしていました。亡くなるまでは気丈夫で、何程の心配もしていなかったのが、葬儀が済み、全てが終わると急に沈み込んだようになります。

(義父と一緒に)自分も死ねばよかった、寝つけない、何やら虚しく、不安で、どうにも生きる気力が湧いてこないと言います。ひと月近く私の家にいて、徐々に持ち直し、やがて元の暮らしができるようになりました。

その間、約1年と少々。共に家を出た2人の娘(姉が私の妻で、実家を継いだ妹夫婦は、今は近くに家を買い別々に暮らしています)が代わる代わるに実家へ行き、時には泊まり、手足となって義母を支えます。折を見て、私も、庭や畑の草を取ったりします。

そうこうしている間に2年が経ち、今義母はすこぶる元気な様子をしています。それまであまり積極的ではなかった地域の行事に参加するようになり、親しくなった近隣の人たちに誘われて、カラオケや麻雀教室へ出かけて行くようになりました。

いっときは身なりも構わぬくらいの様子だったのですが、今は(失礼ながら)誰が気に留めるの? と思うくらいに自分の姿形を気にするようになり、(お金はあるので)高い化粧品を惜しげもなく買い、気になるとすぐに馴染みの美容室へ行きます。

たまに近所の知人(70歳前後の爺さんが2、3人)を招いて食事会などをしています。年寄りにはとても食べ切れないほどの食材を買い、出前で寿司のにぎりを取ります。マニキュアをした指を見せ、誰ひとり気が付いてくれないと憤慨するのを聞くにつけ、

義母の何かに、火が付いたのがわかります。侮ってはいけません。87歳になった今も義母はたしかに「女」で、おそらくそれは死ぬまでそうであり続けるのでしょう。やりたくてできなかったちょっと〈 いけない遊び 〉を、あの頃に戻ってやり直しているのだろうと・・・・
・・・・・・・・・
定年を迎えどこへも行かず、歳を取り、何を生きがいに老後を過ごすのか。ひと息ついた矢先に、長年連れ添った妻に、あるいは夫に、先立たれてしまうような事態になったとすれば、そのとき、人は何を思ってそこから先を生きて行くのでしょう。

残る人生は日々刻々と消費されていきます。最後ぐらいは何も気にせず淡々と、たまには義母のように浮き浮きと、できれば〈仏〉みたいな人になって生きられたらと思うのですが、果たしてそんな上手に行くやら、行かぬやら。私の老後は、依然茫洋としています。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


魂萌え !

◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。

作品 「顔に降りかかる雨」「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「ナニカアル」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」他多数

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