『夜がどれほど暗くても』(中山七里)_書評という名の読書感想文
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『夜がどれほど暗くても』(中山七里), 中山七里, 作家別(な行), 書評(や行)
『夜がどれほど暗くても』中山 七里 ハルキ文庫 2020年10月8日第1刷
追う側から、追われる側へ。
絶望の淵で記者が掴んだ、真実。志賀倫成は、大手出版社の雑誌 「週刊春潮」 の副編集長。スキャンダル記事に自負を持ち、充実した編集者生活を送っていた。しかし大学生の息子・健輔に、ストーカー殺人を犯して自殺したという疑いがかかる。彼の幸福は崩れ去り、取材対象からも罵倒される日々に、精神がすり潰されていく。だが被害者遺族である奈々美と出会い・・・・・・・。圧倒的筆致で真実と愛を描く、傑作ミステリ登場。(ハルキ文庫)
校了間際の 「週刊春潮」 編集部。
井波が書いた記事自体には何の問題もなかった。今を時めく女性アイドルグループの一員である能瀬はるみに持ち上がった不倫疑惑。(中略) 記事は妻に同情的で、既婚男性を若さと知名度で籠絡したアイドルの倫理的責任を追及している。スキャンダル記事としてツボを押さえた構成で裏も取れており、及第点をやれる。
それなのに校了直前で当の井波が疑義を差し挟んできたのだ。
この記事を出したら能瀬はるみは引退を余儀なくされます。
相手の既婚男性も世間に叩かれ、そうかと言って奥さんの憂さが晴れる訳でもありません。
記事にする社会的意義があるんでしょうか。
この井波の疑義に対して、副編集長・志賀倫成は、
「取材対象の一人や二人、死のうが潰れようが関係あるか。それより雑誌が売れるかどうかだろ」 と応じ、続けて
「ウチみたいな雑誌は読者の助平根性と嫉妬心と偽善に応えるために存在している。そして実際、売れている。ウチが春潮社の屋台骨を支えているんだ。もっと自分の仕事に、自分の記事に誇りを持て」 と言ったのでした。
志賀は、もちろん自分の言葉がかなり強引であり、半ば屁理屈であるのを十分承知しています。井波の疑義には (青臭いなりの) 理があることも。
しかし、長く春潮社に身を置き、会社の看板雑誌である 「週刊春潮」 の副編集長という責任ある立場である以上、どうあろうと井波の言い分を認めるわけにはいきません。
志賀のその、長い時間をかけて培ってきた仕事に対する思い入れやプライドが - ある朝、朝の6時台にやって来た警察からの報告で、息子の健輔がストーカー殺人の容疑者であり、その健輔もまた亡くなっている - と聞かされて、一気に崩れ去ることになります。
取材する側から逆転し、ここぞと、一方的に取材される側になります。
【お知らせ】
WOWOWで観られます。
「連続ドラマW 夜がどれほど暗くても」
11月22日スタート 毎週日曜夜10時~(全4話)【第1話無料放送】
上川隆也 加藤シゲアキ 岡田結実
この本を読んでみてください係数 80/100
◆中山 七里
1961年岐阜県生まれ。
花園大学文学部国文科卒業。
作品 「切り裂きジャックの告白」「七色の毒」「さよならドビュッシー」「闘う君の唄を」「嗤う淑女」「魔女は甦る」「連続殺人鬼カエル男」「セイレーンの懺悔」他多数
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