『ゴールドラッシュ』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『ゴールドラッシュ』柳 美里 新潮文庫 2019年8月30日8刷

ゴールドラッシュ (新潮文庫)

風俗店が並び立つ横浜黄金町。14歳の少年は、中学を登校拒否してドラッグに浸っている。父親は、自宅の地下に金塊を隠し持つパチンコ店 〈ベガス〉 の経営者。別居中の母、知的障害を持つ兄、援助交際に溺れる姉など、家庭崩壊の中、何でも金で解決しようとする父に対し、少年が起こした行動とは・・・・・・・。生きることはゲームだと思っていた少年が、信じるという心を取り戻すまでを描く感動的長編。(新潮文庫)

十四歳の少年が人を殺す。その事件を中心に捉えた小説、といえば、誰もが、いわゆる少年Aの殺人を初め、大体同年配の少年たちが現実に惹き起こした近年の事件を思い浮べるにちがいない。
小説の作者柳美里は、少年Aの事件に強い関心を持っていることを明言している。1997年8月に発表された 『「人権に呪縛された透明な家族」』 (『仮面の国 所収という文章は、次のように書き出されている。

「〈須磨区少年殺人事件は十四歳の少年が容疑者として逮捕されたことから、単なる猟奇殺人を超えてこの国のひとびとの深部を痛撃している。通常この種の犯罪は興味本位の猥雑な狂騒しかもたらさないものだが、ある意味では地下鉄サリン事件よりも遙かに強烈にひとびとの存在の根拠を揺さぶり、皆自己に係わる得体の知れない何かを感じているように思える。

作品の舞台は西の港町神戸ではなく、東の港町、横浜。十四歳の少年が殺すのは子供ではなく、自分の実の父親。そうした設定のうちに、大人でもなければ子供でもない、きわめて不安定な年頃の生の内実が、ぎしぎしと音を立てそうなほどにみっしりと填めこまれている。

自分では大人と思っているけれども周囲からは到底そう思って貰えない、また実際未熟で一人前の生活力や実行力を具えていない少年。しかし子供であるにしては、大人の世界の暗い消息にある程度通じていて、無邪気さと世間知がごちゃごちゃに入り混っている少年。

彼が殺人を犯した後、その事実を隠蔽して表面を取りつくろい、事態を切り抜けようと少年なりに策をめぐらすが、あちこちほころびが生じて次第に追いつめられて行く、その彷徨の足どりが物語を成り立たせている。(川村二郎/解説より)

「自己に係わる得体の知れない何か」 とは、人の、何を指しているのでしょう?

そのヒントが、「次第に追いつめられて行く、その彷徨の足どり」 を追うことで、鮮やかに浮かび上がってきます。

中学生になって十二歳のときに買った服がからだをしめつけ着られなくなったとき、少年は過去を切り棄てなければおとなに脱皮できないのだと確信した。小六の夏から一年間で十七センチも身長が伸びていた。おとなになるためにはなにを身につければいいのか、喫煙や飲酒や言葉づかいだとはわかっても、それをクリアするとほかにはなにも思いつかなかった。ある日、おとなと子どもの差は力の有無でしかないということに気がついた。力というX線で世界を透視すると、混沌としているように見えた世界はきちんとした秩序で二分化されていた。父親も教師も警官も力を所有しているからこそ威厳を保っているのだ。力を失えばゴミと変わりない、力とは金のほかになにがあるだろう、権威も権力も金で買える、金で手に入れられないものなどあるだろうか、だとすると貧しいひとびとは敗残者に過ぎないということになるが黄金町の住人たちは皆ウィリアムズ病の兄に似て、おとなでもない子どもでもない特権的な存在なのだ、力を持つ人間が失ってはならないのは憐れみだ、と少年は考え、一刻も早くおとなになろうとこころに決めた。(本文より)

少年が暮らす黄金町は、古くからある横浜有数の歓楽街。少年の家は、祖父から続くパチンコ屋を経営しています。

父は滅多に家には帰りません。母は子どもを残し、とうの昔に家を出ています。ウィリアムズ病の兄は一人では生きられず、高校生の姉は勉強もせずに男遊びばかりをしています。彼女は何としても一人暮らしをしたいと思っています。父が死ぬほど憎い少年は、父に代わり、一日も早く父の仕事をしたいと考えています。

この本を読んでみてください係数 85/100

ゴールドラッシュ (新潮文庫)

◆柳 美里
1968年神奈川県横浜市中区生まれ。
横浜共立学園高等学校中退。後、演劇活動を経て小説家デビュー。

作品 「魚の祭」(岸田國士戯曲賞)「家族シネマ」「フルハウス」「命」「8月の果て」「雨と夢のあとに」「JR上野駅公園口」他多数

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