『地球星人』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/07
『地球星人』(村田沙耶香), 作家別(ま行), 書評(た行), 村田沙耶香
『地球星人』村田 沙耶香 新潮文庫 2021年4月1日発行

恋愛や生殖を強制する世間になじめず、ネットで見つけた夫と性行為なしの婚姻生活を送る34歳の奈月。夫とともに田舎の親戚の家を訪れた彼女は、いとこの由宇に再会する。小学生の頃、自らを魔法少女と宇宙人だと信じていた二人は秘密の恋人同士だった。だが大人になった由宇は 「地球星人」 の常識に洗脳されかけていて・・・・・・・。芥川賞受賞作 『コンビニ人間』 を超える驚愕をもたらす衝撃的傑作。(新潮文庫)
奈月と由宇 - 二人が共通して抱えていたのは、おそらく、生まれたことへの強烈な 「違和感」 なのだと思います。幼いが故、違和感が何に起因するかはわかりません。どうしてよいかがわからずに、奈月は “魔法少女” になり、由宇は “宇宙人” になります。
おじいちゃんとおばあちゃんが住む、秋級 (あきしな) の山を訪れるところから話ははじまる。毎年、夏のお盆の時を一緒に過ごす、奈月 (なつき) といとこの由宇 (ゆう)。奈月は小学三年生の時、自分が魔法少女であることを、由宇は自分が宇宙船から捨てられた宇宙人かもしれないことを告白し、正式な恋人になる約束を交わす。
(中略)
一見ごくあたりまえの夏の日々を過ごす少女と少年が、それぞれの家族に抱く違和感や、過酷な現実の中で、その理由を見つけたいと願う気持ちは、どこまでもまっすぐで、切実だ。
たとえこの家族が、この社会が、どんなに残酷なものだったとしても、この家族と、この社会の中で、子どもたちは、生きのびなければならないから。〈もっと勉強を頑張って、大人にとって都合がいい子供になりたい。
そうしたら、出来損ないでも、あの家から捨てられることはないだろう〉けれどそれを、大人になってもなお、とことん突き詰め続けたならば、私たちが生きるこの社会では狂気そのものになる。
しかしこの物語は、徹底的に奈月の視点で描かれる。
〈ここは巣の羅列であり、人間を作る工場でもある。私はこの街で、二種類の意味で道具だ。
一つは、お勉強を頑張って、働く道具になること。
一つは、女の子を頑張って、この街のための生殖器になること。
私は多分、どちらの意味でも落ちこぼれなのだと思う〉
どうして人は社会の駒として働かなければならないのか。
どうして人は女と男が対になり生殖しなければならないのか。
どうしてそれらを怠ると、社会の落ちこぼれのように扱われ、責められなければならないのか。
心の奥底では違和感を抱きながらも、私が、私たちが蓋をして、見ようとしないようにしてきた事柄が、次々、目の前に晒されてゆく。
私たちが生きるこの現実が、この社会が、ひとたび 「地球」 とそこに暮らす 「地球星人」 の生態として描写されてゆくと、どうしたことか、私たちのあたりまえの方が、悉く滑稽でいびつで、狂気じみて見えてくる。
「地球」 に生まれ 「地球星人」 として生きるからには、「地球星人」 としての常識に従って生きる。それはある意味、一番楽な生き方でした。奈月もそれは十分承知しています。なので、由宇と結婚すると約束したときも、この先出合うであろう困難を前に、易きに流れぬよう二人は固く誓うのでした。
〈なにがあってもいきのびること〉 と。
この本を読んでみてください係数 85/100

◆村田 沙耶香
1979年千葉県印西市生まれ。
玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
作品 「授乳」「ギンイロノウタ」「ハコブネ」「殺人出産」「しろいろの街の、その骨の体温の」「消滅世界」「コンビニ人間」他多数
関連記事
-
-
『遠巷説百物語』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文
『遠巷説百物語』京極 夏彦 角川文庫 2023年2月25日初版発行 物語がほどけ反
-
-
『満月と近鉄』(前野ひろみち)_書評という名の読書感想文
『満月と近鉄』前野 ひろみち 角川文庫 2020年5月25日初版 小説家を志して実
-
-
『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文
『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行 敗戦間近のビルマ戦線に
-
-
『ともぐい』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文
『ともぐい』河﨑 秋子 新潮社 2023年11月20日 発行 春に返り咲く山の最強の主 -
-
-
『図書準備室』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文
『図書準備室』 田中 慎弥 新潮社 2007年1月30日発行 田中慎弥は変な人ではありません。芥
-
-
『てらさふ』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文
『てらさふ』朝倉 かすみ 文春文庫 2016年8月10日第一刷 北海道のある町で運命的に出会っ
-
-
『乳と卵』(川上未映子)_書評という名の読書感想文
『乳と卵』川上 未映子 文春文庫 2010年9月10日第一刷 娘の緑子を連れて大阪から上京した
-
-
『透明な迷宮』(平野啓一郎)_書評という名の読書感想文
『透明な迷宮』平野 啓一郎 新潮文庫 2017年1月1日発行 深夜のブタペストで監禁された初対面の
-
-
『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文
『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 料理もせず子育てに無
-
-
『太陽の坐る場所』(辻村深月)_書評という名の読書感想文
『太陽の坐る場所』辻村 深月 文春文庫 2011年6月10日第一刷 高校卒業から十年。元同級生