『白昼夢の森の少女』(恒川光太郎)_書評という名の読書感想文

『白昼夢の森の少女』恒川 光太郎 角川ホラー文庫 2022年5月25日初版

地獄を見たのよ。文字通りの。恒川ワールド全開、異界を渡る11の白昼夢。夜市 の次はこれを読め!

「切りとらないで。私、死んじゃうような気がする」。8月の満月の夜、突如現れた蔦が、町と人を侵食していった。14歳だった私は、蔦に呑まれ、母を亡くし、友を失い、同じように植物と一体化した “緑人(りょくじん)” たちと夢を共有しながら生きている。ある日刑事から、自ら緑人化した逃亡犯が、夢の世界へ侵入したと知らされ - 表題作 「白昼夢の森の少女」、文庫書き下ろし掌編 「ある春の目隠し」 ほか、現実と幻想の狭間で紡がれる11の物語。(角川ホラー文庫)

人が見る夢、描く幻想というものの遙か彼方にありながら、なおも現実を呼び起こす。苛まれ、蔑まれ、意味をなくした世界の先でみる夢は、それでも “夢” と言えるのでしょうか。

第9話 「布団窟

私は時折こんな夢想をする。
老いた私がいる。私は野原の中に建つ古い古い一軒家を借り、そこの六畳間にありったけの布団を敷きつめる。

外は氷点下。吹雪がごうごうと吹き荒れている。軒下には長い氷柱ができている。
部屋の気温は三度ほどで、老いた私は寒い寒いと、布団の奥へ奥へと潜っていく。どこまでいっても底にはつかず、ずぶずぶ、ずぶずぶと沈んでいく。やがてぬくぬくとした兎の巣穴のような空間におさまると、長い長い眠りをむさぼりはじめる。

どのくらい眠っただろう。きゃあきゃあと子供の騒ぐ声がきこえてきて、私は目を開く。
どうも、子供が侵入したらしい。
私は、布団の穴を這いあがっていく。そろそろ地上かというところで、子供の足に頭を踏まれる。

私はいったん引っ込むが、しばらくして再び這いあがっていく。
穴から顔を出すと部屋には誰もいない。子供たちはいなくなったらしい。あるいは寝ぼけて、子供が騒いでいる夢を見たか。

穴に戻ろうとして、ふと気がつく。室温が高い。窓の外を見るとそこら中で緑が明るく輝いている。

ああ、春になったのだな、と私は思う。
窓の外には庭を隔てて他の家も見える。野原の一軒家だったはずだが、私が眠っている間に、もう野原ではなく、あちこちに家が建つ住宅街に変わったようだ。

遠くで鶏が鳴いている。
今自分は夢の中にいるのか、それともさきほどまでが夢だったのか。あるいは両方とも夢なのか。

どうもよくわからない紋白蝶のようなふわふわとした気持ちで、私はもう少し眠るか、いや、外を歩いて公園にでも行ってみるかと思う。公園か、悪くない。誰がいるだろう、誰と遊ぼう。みんなもう起きているかな?

この夢想は、二十年近く、私の心の深い部分に残り続けている。

※繰り返し見る夢の正体とは、いったい何なのでしょう。決して事の最後までは行き着かないあのもどかしさ、じれったさや、見たことも会ったこともない人や景色が突然現れて、そこにポツンと自分がいたりするのは・・・・・・。夢はたいていよくない方へ進みます。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆恒川 光太郎
1973年東京都武蔵野市生まれ。
大東文化大学経済学部卒業。

作品 「夜市」「雷の季節の終わりに」「草祭」「金色の獣、彼方に向かう」「秋の牢獄」「金色機械」「滅びの園」他多数

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